第1話 ミツとフーナ
文字数 2,967文字
アスナ峰は、既に戦の気配が消えていた。両国の兵士の気配はトステ側の砦に集まっているようだった。
「…ミツ…あなた、やったのね。戦を止めたのね。」
川は一旦氾濫したのだろう。折れた木や、石、打ち上げられた武器がそこら中に見てとれた。フーナはその有様から、ミツが戦を止めたのだと判断した。
「フーナ!やっと会えただ!会いたかっただよ!」
フーナが砦に着くと、ミツはその気配を感じて飛び出してきた。兵舎の中ではトステとナッカ両軍の代表だと思われる兵士達が会議をしている。すると、ナッカ軍にいた兵士の一人がフーナの姿に驚き、声を上げた。
「そいつだ!そいつが元帥を連れ去った女だ!」
一気にナッカの人間に緊張が走ったが、フーナは落ち着いていた。
「…お礼ぐらい言ったらどうなの?元帥に弓を放ったのは、ナッカの人間よ。」
その場にいた全員が驚いたが、ナッカの兵士がふと思い出したように発言した。
「そう言えば…私は元帥の傍にいたが、あの弓はネスロ中将の部隊から放たれたように見えた…。」
「そうよ。誰なのかは分からないけど、あなた達と同じ装束を着た人間が元帥を狙った。だから私は…。」
フーナは少し怒りを込めてナッカの兵士達を見据えると、自分が嵐を起こした事も言おうとしていた。慌ててミツが止めに入る。
「フーナ、そこまで分かれば十分だで。あの後、突然嵐が起こって、元帥を狙った弓部隊が被害に遭ったっちゅう事だべな。」
ミツは、フーナ自身が風を操って弓部隊を殺した事は知られてはならないと思った。そんな事を言えば、ドガの将軍を殺した罪で、この場でフーナが殺されてしまう。…いや、フーナが殺されないにしてもフーナがまた風を使えば、ここにいる人間が死んでしまう…折角、停戦にこぎつけて新しい国を作ろうと話し合っている最中に、これ以上の争いは避けたかった。
ミツの考えを理解したフーナは、それ以上は言わなかった。そして、クナルは近くの宿で休んでいる事を話し、ナッカの兵士達はその事に胸を撫でおろしたのだった。
両国の話し合いにはトヌマやマルナも同席していた。新しい国を作る事に関して、双方の国の兵士達もおおむね賛成はしたが、その話し合いは困難を極めていた。特にナッカ側は元帥がどう考えているかは無視出来ない為、フーナが来るまで話し合いは膠着状態にあったのだ。それを知ったフーナは、元帥の考えをその話し合いの席で発言した。
「クナル…元帥は、戦のない平和な世界にしたいと、常日頃仰ってました。」
「…そう言えば、今回の戦、元帥は反対していた。」
ナッカの兵士がそう言うと、フーナは頷く。
「ナッカの男は戦を好む…そう言っておられた元帥は苦しんでいました。メッキで行われた軍議では、元帥の意見に賛成する者は少なかったと聞いています。」
フーナが、少し強めに言った言葉に対して、ナッカの兵士は一瞬言葉に詰まったようだったが、暫くすると、ドガの将軍の一人が口を開いた。
「…確かに、我らは元帥を臆病者のように言い放ってしまった。…今考えれば、あの場で『戦に反対だ』と元帥に共感したなら、自分も臆病者のように思われる…それが嫌なだけだったのかもしれん…。」
「…くだらない自己愛ですね。あなた方は誰の為に戦っているのです?国の為ですか?自分の為ですか?」
ナッカの兵士達は黙ってしまった。フーナの言葉に答えらなかったのだ。
それまで、ずっと話を聞いていたマルナが、優しい口調で会話に入る。
「フーナさん、あなたの意見は良く分かります。しかしながら、私共の国もまた間違った方向に進んでいるのも確かです。先程ここの皆さんにはお話しましたが、私は妃という座を捨て、国を捨ててきました。そして、戦の無い平和な国を作る為ここにいます。お話を聞いている限り、その思いはここにいる皆さん同じように思えます。違いますか?」
マルナの言葉に、全員が頷く。戦を好むナッカの人間達も、先程の川の氾濫を目の当たりにし、自然の猛威に人間は無力なのだと実感していた。それゆえ停戦会議も上手く話が運んだのだ。
「では、本日はその意志を一つにしたという事で、話し合いは終わりにしましょう。決めなければならない事は沢山ありますが、皆さんでより良い国を作っていきましょう。」
話し合いが終わると、誰からともなく握手をし始めた。ナッカであれ、トステであれ、少なくともここにいる人間に、その垣根は感じられなかった。
ミツはその様子を見て嬉しかったが、フーナから詳しい話を聞かなければならなかった。あの嵐について…ミツは、両国の話し合いが終わると、フーナを川に呼び出して二人だけで話す事にした。
川沿いに来ると、フーナの方から話しかけてきた。
「…言いたい事は分かっているわ。あの、嵐の事ね。」
「フーナ…なんであんなむごい事を…。」
「実は…私もどうしてああなったのか、本当の所は分かっていないのよ。」
「…どういう事だべ?」
「無意識だったわ。クナル…元帥は、私の恋人なの。」
「美しい笛を吹く人…。」
「…そうよ。彼が殺されそうになって、何が何だか分からなくなって、気がついたらああなってた…。自分でも、恐ろしいと感じているわ…自分自身を…。」
「自分でも分からなくなるだか?この力は…。」
「カゼノイシもはっきりとは分かっていないみたい…でもね、さっきの話し合いで少しわかった事もある。今思えば、クナルも予期していた事だったわ。」
「何だべか?」
「ミツは私達の力の事を誰かに話した?」
「トヌマとマルナ様と着物の職人達は知ってるけんど、ナッカの兵士達には内緒にしておいた方が良いと思って言わなかっただ。」
「なぜそう思ったの?」
「あたいの力を知って、兵士達があたいの力で溺れたと分かったら、停戦は上手くいかねえって思っただ…。今後利用されても困るで。だから…あっ…。」
「気づいた?そうよ。新しい国を作ったとして、私達の力を利用する人間が出てきたら…いえ、私達自身がこの力を使って支配しようとしたら、ナッカやトステがやって来た事と大差がないのよ。かつてガイダルとグイダルがその力で二つの国を作ったのと同じ。…私達は歴史を繰り返してはいけない。だから、新しい国に参加してはいけないの。ナッカの弓部隊を殺してしまった時、そこにいた私はもはや
人間ではなかった
。アマノイシは『人間を救うのは人間でしかない』って言ったわ。あの言葉は、自然の力で人間を救ってはいけないって事なんじゃないかしら?」「あたい達の力は、『国を滅ぼす』為だけに使えちゅうことだか?」
「多分…。本当の所は分からないけど…。でもこれから私達は、あなたがやったように戦を止める為だけに動きましょう。それ以上はそこにいる人間が考える事。私達が立ち入ってはいけない。」
「…分かっただ。」
二人は、新しい国の事はマルナ達に任せる事にした。
その行動は正しいと、二人は信じていた…。