第4話 ミツとミズノイシ
文字数 2,784文字
「すんません、トヌマ様。いつもいつも荷物運びばっかりさせちまって…。」
「いえいえ…それよりも、その「様」っての、いい加減に無くしてもらえないかな。」
「だども…他に何て呼べばいいべか…。」
「呼び捨てでいいよ。」
「そんな!無理でごぜえます。」
「じゃ、せめて「さん」にしてくれ。」
「はあ…努力します、トヌマ…さ、ま。」
トヌマは苦笑すると、残りの荷物を片付け「また来る。」と言って去って行った。
トヌマは、時間が空いている時はミツを食事に誘ったりして、カナンの様子を話してくれたり妃マルナの好みなどを話してくれた。ミツはその度に心躍る気持ちだったが、叶わぬ恋と分かっていた為、少し切なくもあったのである。
『好きだって言えばいいんじゃないの?』
トヌマが帰ると、突然ミズノイシが話しかけてきた。
「また、あんたかい。びっくりするで、やめてけれ。」
『人間は分からないわ。お互いに好いてそうなのに…。』
「人様には人様の都合があるんだべ。あんたには分からん。」
『そういうもんなのねえ…。ところで、まだ決心はつかない?』
「コルナスさ行って、人間を救うって話かい?誰か分からん他の三人と一緒に?あたいには、そんな大それた事はできねえべ。何の力も
『あら、力は誰にだってあるわ。なにも腕力ばかりが力だとは限らない。あなたは水の流れ、草木の存在を感じることが出来る。それは立派な力よ。』
「そんなんで、人間が救えれば苦労はしねえべ。」
『まずは、自分の力を知りなさい。あなたの着物の染色が美しいのは、あなたが木や草や水の命を感じているからなのよ。』
ミズノイシの話を聞いて、ミツはふと思い出す。
「…そう言えば、あたいの村の川の水が温いと感じたんは、そのせいか?あの流れてきとった…死体を、前もって川は教えてくれたんだべか?」
『そうだけど…ちょっと違うわ。死体が流れてくるのを教えたわけではない。これからくる「異変」そのものを教えてくれたのよ。』
「異変?」
『ここカナンの水に何か感じない?』
それは、ミツがカナンに来た時からずっと思っていた事だった。川の水もそうだが、染料にする木の皮、草花すべてに何となく違和感がある。そして、それを原料に着物を染め上げても、ミツが思っていたような色には仕上がってこなかったのだ。だが、周りの人間からは素晴らしいと褒められるので、問題はなかったのだが…。
「なんか起きんのか?また、
あんな
事がカナンでも…。」『それはまだ分からない…。でもあなたは、それを防ぐことが出来る人間なのかもしれない。コルナスに行きなさい。そして他の三人と共にスルナを目指しなさい。』
ミツはそれでも、困難なコルナス山脈の旅に行ける自信は無かったのであった。
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「では、春に大交戦をしかけると…。」
トヌマは神殿の奥「祈りの間」で大神官カミルと話していた。
「そうじゃ。お前も知っての通り、我が国の鉄鉱石の産出量は年々減少している。オングの報告では、坑道に毒もあり、
「ゆえに、ナッカとの戦に片を付けると…。」
「だが、問題はスミナル様がそれに難色を示しておる。」
「天子様が?」
「スミナル様は、戦ばかりのこの状況に少し疲れているようじゃ。どうやらナッカとの停戦を考えているようでな。また、妃マルナがその考えを後押ししている節もある。お前も気づいているか?」
「は。マルナ様は、かねてから戦には異を唱えておりましたから。」
「…困ったものだ。戦が無くなれば、国民が思う天子様の威光も、半減すると申すに…。」
大神官カミルは、この国の政治を裏から操る切れ者だ。年は六十を超えていたが、その眼光は神に仕える人間とは思えないほど鋭い老人であった。
トステはナッカとは違い、その国力でナッカを抑え込んできたが、そのやり方は巧妙で、負け戦は極力避ける。戦では、まずクイによってナッカの指揮官(将軍)が暗殺される。そこに夜襲や奇襲をかけ、投石器などで混乱させた後、その退路に金で雇った農民上がりの兵士を数多く置き、待ち伏せして殲滅させるといった戦い方をとっていた。トステは戦があるたびに軍隊を組織し各地に送るのだが、それ自体は何の訓練も受けていない農民が多く、指揮官も皇室に仕えてはいる兵士だが、その実力は大したことはない。戦略自体は大神官カミルの命を受けた神官が現地に行き、その采配を振るう。トステの神官はいわば戦の参謀でもあったのだ。そうして勝利を収めた戦は『神託を受けた神官が勝利を収めた』という図式を作り、それは『トステに神のご加護を受けた天子様がいらっしゃるおかげ』という流れを作っていたのだ。だがその一方で、負けると思われる戦、もしくは勝利を収めても利益にならない戦からはすぐに手を引き、ただただ農民が殺されていくこともあったのだが、その戦はまるで始めからなかったかのように扱われていた。ミツの村の上流、アスナ峰の麓で行われていた戦もまた、無駄に農民達が命を落とした戦の一つである。
トヌマが、カミルが戦好きなのは知っていた。戦の勝利は自身の威光をも高める事でもあったからだ。そう思いながらも、スミナルやマルナの考えに共感を覚えたトヌマは、カミルに意見した。
「…しかし、民も疲弊している今、停戦も一つの策ではあると思われますが…。」
その言葉に、カミルはギロリとトヌマを睨む。
「お前の意見を聞いた覚えはないが…。」
「…申し訳ありませぬ。」
「トヌマよ。お前はマルナの動きに注視せよ。そして、ナッカの非道さを伝え、考え方を変えさせるのだ。それでも尚、マルナがスミナル様にとって良からぬ存在になるようであれば、始末することも考えねばならぬ。」
「切れ…と。」
「…ナッカの者に切られたともなれば、スミナル様もお考えを変えるであろう。」
「しかし、水麗宮におられますマルナ様に、ナッカの者が手を出すとは考えずらいかと思われますが…。」
「なに、
カミルはそう言いつつも、口の端を上げ笑っているようだった。
トヌマは、これから来るであろう難局を思い、心が暗くなるのを感じていた。