第13話 トステ国のオング④
文字数 2,500文字
ふと見ると、ノアの手のひらから零れ落ちた黒い石がオングの足元に落ちていた。それを拾い上げオングは呟く。
「黒曜石か。ノア…お前は、なぜこれを私に…?」
すると、わずかに地面が揺れ、オングの頭の中に声が響いてきた。
『それは、その子にとっては鉄鉱石だったのだ。』
気配が無い。いや、人の気配はないが、とてつもなく大きな気配をオングは感じていた。
「人…ではないな。物の怪の類か?」
『ほう、感じるか。人間にしては大したものだ。我はツチノイシ。大地を司る神だ。」
「神?フッ、笑わせるな。この世に神がいるならば、なぜ私が生き残り、この子が死ななければならぬのだ?」
『我もそう思う。』
「え?」
『我も、お前と同じように思う。それゆえ分からぬ。なぜ創造の神アマノイシは、人の神であるヒトノイシをお創りにならなかったのか、と。』
「人に神はいないのか?」
「おらぬ。火・水・風、そして我は土。アマノイシはこの四神しかお創りにならなかった。」
「人に…神はいない…。」
トステは天子を神のご加護を受けるものとし、民はその恩恵を受けるものとして、この国は成り立ってきたのだ。しかし、人に神はいなかった…。オングは突然、笑い出し自らを嘲った。
『何がおかしい?』
「この国は間違っていた。…俺は、俺達はそれを信じて生きて来たというのに…。」
『しかし、お前は以前から感じていたのだろう。それが間違いだと。』
ツチノイシの言う通りだった。オングは心のどこかでこの国は間違っていると感じていた。だがそれも
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のうちだと理解していたのだ。『四神は、人に手を貸す事は出来ぬ。だが、これだけは教えてやろう。その子は町の子らに鉄鉱石がとれないのはお前のせいだと言われ、自ら坑道に入って行ったのだ。だが、子供達に言われたから取りに行ったのではない。その子は鉄鉱石を持って来れば、お前が喜ぶのではないかと思い、坑道に入って行ったのだ。そしてその石を見つけた、黒曜石の輝きがその子にとってみれば、鉄鉱石の輝きに見えたのだろう。』
「俺が喜ぶと思って?」
『そうだ。お前は、その子の事を誤解していた。その子はお前を恨んでなどいない。』
「何を言ってる?俺はあの子の両親を殺したんだぞ。」
『勿論、最初は恨んでいた。ショックで喋れなくなっていたほどだ。だが、その子とて馬鹿ではない。日々の暮らしの中で、お前の仕事が、ある種特殊な仕事だという事に気づいたのだ。そして両親が何かに巻き込まれて死んだ事も、その事に対してお前が後悔していることも分かっていた。お前を睨んでいるように見えたのは、『もう、同情しなくていい』という彼女の叫びの様なものだったのだ。』
オングは、改めてもう冷たくなったノアの顔を撫でた。枯れたはずの涙が、またこぼれてきた。
ツチノイシが話を続ける。
『お前が後悔しなければいけないのは、その子の両親を殺したことよりも、その子に生きる喜びを与えなかった事だ。それゆえ、その子は危険を顧みず坑道に入って行った。もし死んでしまっても両親に会える。鉄鉱石を見つければお前が喜ぶ。そう、考えてな…。』
オングは、声を出して泣いた。そして知った。全ては自分のせいだったのだと…。
『数日前、お前達は笑い合ったな。そんな生活をもう少し長く続ける事が出来たなら、その子も生きる事に希望を持てたやもしれぬ。その子は自分がお前の負担になっている事に、徐々に耐えられなくなっていたのだ。自分がいなくなれば、負担を無くせると…。』
「やめろ!…やめてくれ…分かったから…もう、分かったから…お願いだから…やめてくれ…。」
オングは、黒曜石を握ると、再びノアを抱きしめた。
『…その子のような子供を、これ以上増やしたくなくば、一年後コルナス山脈に向かえ。そして、その手で人間を救え。』
再び地面が揺れると、その声は消えていった。
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『揃ったな。』
『はい。』
アマノイシの問いかけに四神が応える。
『では、まずはコルナス山脈の中腹にある村「センゴク(千国)」に向かわせよ。そこで、四人が揃ったならば、コルナスの最北の高き峰、スルナの頂上に向かわせるのだ。』
『それはまた…人間が行くには、かなり困難だと思われますが…。』
ミズノイシが心配そうに念を送ると、ヒノイシも同調する。
『ミズノイシの言う通りだが、その前に四人で殺し合いが起きそうだ。特にカチは血の気が多いしな。』
『そうか。お前達がそう言うのなら、お互いの国を教え合わない事を四人に伝えよ。…だが知るも知らぬも、結果は同じかも知れぬがな。のう、ツチノイシ。」
ツチノイシは何も答えなかった。構わず、アマノイシは話を続けた。
『スルナの頂上に四人が辿り着けないのであれば、始めに申したように、人は滅びる。それだけの事。何度も言うが、お前達四神が彼らを助けることはならぬ。よいな。』
『はい。』
神々は、アマノイシの意を受け、それぞれの地へ意識を向かわせた。
ツチノイシは思う。
『オングは、カチを知っている。カチはオングの顔を見ていないが、オングはすぐに気づくだろう。殺そうとした相手なのだから…。国を隠したところで、それは変わらない。四人でスルナの頂上に着くことは無理やもしれぬ…。』
ツチノイシは不安な気持ちになった。そして、そんな自分の気持ちに驚く。
『何故、このような気持ちになるのだ?ヒトの事など、我には関係のない事だ…。」
言いようもない感覚にとらわれたツチノイシだったがすぐさま思い直し、アマノイシの意向を伝える為、オングのもとへと意識を向かわせたのだった。