第2話 カチの旅立ち
文字数 2,815文字
季節は冬を迎え、新年に向け人々は足早に往来する。この季節は戦も行われない。二百年のナッカとトステの戦は常に冬だけはその戦火を免れていた。そして春になると再び各地で紛争が始まるという歴史を長年繰り返してきたのだ。
ナッカの新年は、クナル元帥の住む城から花火が打ち上げられる。それと共に城下町には酒が振る舞われ、ナッカの人々が朝まで新年を祝う祭りが行われるのだ。祭りでは元帥から、一年間の働きに応じて、その功労者には報奨金が与えられ、それと共に新しい人事が発せられる「
ナッカの政治は武官と文官に分かれているが、ドガは武官に属し、その中でも「将軍」と呼ばれるのはドガだけで、各地の戦を指揮する。ドガの中での階級は、大将・中将・小将とありそれ自体が一つの部隊も作っていて、それが「ドガ部隊」と言われている。ドガ以外の兵士は、大佐・中佐・少佐・大尉・中尉・少尉・軍曹・伍長…と続く。大将は一人しかおらず、元帥の右腕として働くのだが、他の階級とは違い、そうそう入れ替わる事はない。だが今年は違っていた。今まで右腕として働いていた大将のムタイが年を取り、自ら引退することを宣言していた為、今後大将の地位に誰がつくかは、兵士全体、国民全体の注目の的であった。
祭り当日。元帥が全兵士の前に立ち、城の前の広場で、階級を告げる「
儀式では、元帥が自ら、少将から順に名前を読み上げる。名前が読み上げられると、呼ばれた兵士はその場にて「は!」と返事をして立ち上がり、その階級の列に並ぶ。階級が高いほど元帥の近くに並んでいる為、出世をしたら前に進み、降格すれば後ろに下がる。その為誰の目にも明らかで、降格した者は恥ずかしさと悔しさで逃げ出したくなる程だった。
そして、遂に大将の地位を元帥が宣言する瞬間がやってきた。全兵士が息を飲む中、元帥が一呼吸してその名前を読み上げる。
「ナッカ国、ドガ部隊の大将に、ゴンガを指名するものとする。」
その瞬間、兵士達はどよめいた。ゴンガは中将ではあったがまだ若く、中将の中でも末端の席にいたからである。だが一番驚いたのはゴンガ本人であった。ゴンガが出世欲のあまりない人間だったのもあるが、噂にも上らなかった自分の名前が呼ばれるとは思わなかったのだ。一瞬、耳を疑ったが、周りの目線がゴンガを見ていた為、躊躇しつつも儀式に水を差すわけにもいかず「は!」と返事をし、大将の位置に進み出る。すると、それまでその地位にいた大将ムタイが、その場を退く際に、ゴンガに小さく声をかけた。
「私の推薦だ。ナッカを頼んだぞ。」
その声に会釈をしたゴンガだったが、まだ今の事態を信じられずにいた…。
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ナッカの新年を祝った翌朝、カチは旅支度を整えていた。ヒノイシが声をかける。
『いよいよコルナスに行くのだな。』
「ああ、約束の時まであと三ヶ月だ。これから雪も降る。もう出発したほうが良い。馬を借りて途中までは行けるだろうが、途中からは歩くしかないだろう。お前の言ったセンゴクという村は最北の村だと言うが、馬で行けるのは恐らくそこまでだ。スルナまでは歩くしかない。」
『そうだな…。』
「どうした?行くしかないのだろう?ナッカの人間を救うためには。」
『…ああ、そうだ。』
ヒノイシが何か言いたげだったが、カチは心を決めていた。自分に何が出来るかは分からないが、もうこれ以上仲間を死なせたくなかった。
『準備が出来たら、わしを今一度呼べ。話さなければならぬことがある。』
「わかった。」
その日、カチはゴンガと会う予定だった。ゴンガには詳しい事は話していないが、北の知り合いに会いに行く為、少し旅に出るとだけ言ってある。ゴンガはカチを見送るため、会いに来ると言っていたが、大将に任じられた今となっては、さすがに来ないだろうと思っていた。だが、カチが旅支度を終えようとしていた頃、ゴンガがカチの家に訪れたのである。
「おいおい、何も言わずに行くつもりか?カチ」
「ゴンガ、お前良く来られたなあ。色々と大変だろう?」
「ああ、引継ぎやら何やらでんやわんやだ。面倒くさいから内緒で抜けてきた。」
そう言うと、ゴンガはいたずらっぽく笑った。カチも思わず吹き出し、二人は笑い合う。
「しかし、ゴンガが大将か…。変われば変わるもんだな。」
「何言ってるんだ。俺は何も変わっちゃいねえよ。どうやら、今回の「適人」の裏にはムタイ大将がいるらしい。」
「
元
大将だろう?しかし、ムタイが何で?」「うーん、実はムタイとクナル元帥は少し前から意見が分かれていてな。ドガの中でもちょっとした派閥が生まれてたんだよ。」
「ありそうな話だな。」
「ああ。そこで、その派閥争いに関係ない俺が選ばれたってとこなんじゃないかな。よくは分からんが。」
「なんだよ。そんな棚からぼた餅みたいな事言うなよ。実力がなきゃ選ばれないさ。行く行くは、元帥にだってなれる可能性があるんだぞ。」
「興味ねえなあ。そんなこたあ。自分の裁量で国を左右する立場なんざ、恐ろしくてたまらねえや。」
「お前らしいな。」
そう言ってカチが笑うと、ゴンガも苦笑した。だがすぐに、真剣な顔でカチに言った。
「なあ、考えたことあるか?トステの人間の事。…奴らにも家族がいる。俺と同じようにな。」
「急になんだよ。」
ゴンガは結婚していて子供もいる。だが、カチにはゴンガの言いたいことが分からなかった。
「今までは、命じられれば戦った。だが、これからは命ずる側にも立つって事だ。それは親のいねえ子供や、旦那のいねえ女房を作ってこいって言ってるのと同じだ。勿論、今までだって似たようなことはしてきたが、それだって命令されて各地の軍隊の指揮をとってただけだ。戦自体を命令したことはねえ…。」
「そうだな…。大将ともなれば、元帥と同じように、戦をするかしないかを決められる立場だからな。」
「そんな責任なんて俺は持ちたかねえ。そう思ってたんだけどなあ…。」
ゴンガの言葉に、カチは言葉が出なかった。仲間の仇をとる事ばかり考えていたカチは、ゴンガに帰す言葉が無かったのだ。
「…すまねえ。旅に出るってのに、暗い話は縁起が悪いな。くれぐれも体には気を付けろよ。」
ゴンガは思い直したようにそう言うと、カチに剣を渡す。
「何だ?」
「餞別だ、持っていけ。お前の打った刀じゃねえが、なかなかの技物だ。旅から戻ったらドガに入れ、そして俺を助けろ。」
「分かった…恩に着る。」
二人は、握手をし別れた。
それぞれに、ナッカを救う事を心に決めた旅立ちの日であった。