第3話 前途多難
文字数 2,605文字
四人は、ガイダルとグイダルに別れを告げると一路スルナ山へ出発した。
それぞれの神々達とは、既に話が出来なかった。四人が揃った瞬間から、神々達はその存在を見せていない。それが彼らの意志なのか、アマノイシによるものかは分からなかったが、四人は皆一様に不安を隠せなかった。
「もっと、色々聞いとくべきだったなあ。まさか自分に火を操れる力があるなんて、思わなかったよ…。まあ、あいつも分かってなかったみたいだけど…。」
カチがぼやくと、フーナが同意した。
「そうね。風の使い方なんて分からないわよ。私もちゃんと聞いておけばよかった。まあ、カゼノイシは、もともとあまり喋らない方だったけど…。」
「それぞれ性格が違うんか?ミズノイシは、よく喋べっとったけどなあ。着物の絵付けをしてても『もっと花びらが多い方が好きだ』とか『明るい色にした方が良い』とか、よく仕事の邪魔されて困ったもんだで。」
ミツが話すと、カチが笑いながらその話に乗っかった。
「ヒノイシもそうだよ。あいつ、何でも質問してきて大槌見ながら「これで人を襲うのか?」なんて、とんでもない事聞いてきてさ…。」
オングを除いた三人はあえて明るくしていた。しかし誰の中にも一つ懸念していた事がある。オングは、あえてその懸念している事を口にした。
「…皆、気づいているだろうが…それぞれの国の事だ。」
「オングさん!それは言わねえ約束だべ!」
ミツが慌てて止めるが、オングは話を続けた。
「ガイダルとグイダルの話では、四人が協力する事が大事だと言っていた。ならば、皆が懸念材料を払拭すべきだと思う。ツチノイシは、国を教え合わない理由を、お互いを争わせないためだと言っていた。ならば、お互いが争わなければ教えても良いという事だ。俺は、皆がどこの国でも争うつもりはない。」
すると、フーナがオングの意見に賛成した。
「そうね。私もそう思う。もともと旅芸人は、誰がどの国の人間でも関係ないわ。」
「…んだべな。私も、関係ないだよ。」
ミツも同意するが、カチだけが思案していた。オングがもう一度カチに尋ねる。
「カチ、お前はどう思う?」
「俺は…仲間を殺された。…その国に復讐したいと、今でも思っている。」
オングはカチの言葉に心が痛んだ。その仲間を殺したのはオング自身だ…。だが、その事をカチに言うつもりは無かった。懸念材料を払拭すると言っておきながら、隠し事をしている事に後ろめたさもあったが、今はその方が良いだろうと思っていた。カチが話を続ける。
「…だが、この旅は別だ。お前達がどこの国の人間でも構わない。そもそも俺達四人がスルナ山に着かなければ人間は滅びる。こんな所で争ってる場合じゃないだろう?お前達は仲間なんだから。」
「その通りよ。でもさあ、もう皆見当はついてるんじゃないの?」
フーナがカチの言葉を受けて、いたずらっぽく皆を見渡した。カチが笑って答える。
「ハハ、そうだな。フーナ、お前は俺と同じナッカの人間だろう?お前さん達は、トステなんじゃないのか?」
「え?何でわかるがか?!」
驚いたミツに三人が苦笑した。笑いを抑えて、オングがミツに説明する。
「ガイダルは火と風を、グイダルは水と土を操っていた。ガイダルがナッカを作り、グイダルがトステを作ったのであれば、ナッカには火と風を操る者がいて、トステには水と土を操る者が現れる…と考えるのが自然だろう。」
「はあ、オングさん頭が良いべなあ…。」
「ミツさん、多分、あなた以外は皆分かっていたと思うわよ。」
フーナの言葉にミツは目を丸くすると、その表情に皆が吹き出した。
旅の始まりは、とても和やかだった。
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徐々にセンゴクが見えなくなると、程なくして吹雪が四人を襲う。山沿いの崖を歩いていた一行だったが、その足元も次第に見えなくなり、寒さで体力も奪われていった。
「…フーナ、何とかならないのか?…吹雪で足元が見えない。」
「さっきから、やってみてるんだけど…どうしたらいいのか分からないのよ。」
カチの問いにフーナが苛立ちながら答えた。
「だけど、このままじゃあ、皆凍え死んじまうべ…。」
「それはそうなんだけど…。」
ミツの不安にフーナも焦ったが、何とかしてあげたくても、何をどうしたらいいのか全く分からない。心の中で『止まれ止まれ』と唱えて見たり、ガイダルがやったように、風に手をかざしたりして見るが、何も変化がないのだ。
「…フーナ、以前ツチノイシに聞いたことがある。四神はその感情が、自然に影響を及ぼすと。それは俺達も同じらしい。」
「感情?」
オングは、ツチノイシから聞いた四神の感情と自然への影響を話し、自分の町で起きた毒ガスの件についても話して聞かせた。それは自分の感情がもたらした土の異変だったと。
「その異変は、オングのどんな感情だったの?」
「良くは分からないが…俺には養い子がいてな。俺はその子が…悲しむ事ばかりしていて…多分その感情は『罪悪感』だ。」
オングは、自分がクイである事は伏せた。カチや皆の為に…。
「感情…風を止める感情…。」
フーナはそう言うと、歩みを止め、静かに目をつぶった。
すると、あれほど吹雪いていた風が次第に弱くなり、やがて四人の周りだけが無風状態になった。あまりの事に皆声を無くす。
「…フーナ、どうやった?」
暫くして、カチが尋ねると、フーナも茫然としながら答えた。
「…無心でいようとしたの。何も考えないようにした…。」
「すごいな…。」
オングが感嘆の声を漏らすと、ミツが大喜びしてフーナに駆け寄った。
「やっただ!フーナさん!風が止まっただよ!」
フーナも思わず喜び、ミツと抱き合おうとした瞬間だった。
突然、吹雪が再び四人を襲い、ミツとフーナは突風に押され崖下へと落ちていく。
「キャアーーーー…。」
「ミツ!フーナ!」
カチは慌てて、崖下を覗き込むが、既に二人の姿は吹雪に遮られ見えなくなっていた。
ふと、オングが呟く。
「…調節するのが難しいとは、こういう事か…。無心じゃなくなった瞬間に風が吹く…。」
「何、悠長な事言ってんだよ!オング、助けに行くぞ!」
カチはオングをけしかけ、二人は崖下へと降りて行った…。