第7話 ミツの考え
文字数 3,211文字
職人達を連れて歩いていると、自分の家に着く寸前にミツはある事に気づき、心臓が高鳴るのを感じた。
『…いる。トヌマもマルナ様も!』
ミツは、以前から木や草などは、植物の中を通る水の流れで、その気配を感じる事が出来ていたが、コルナス山脈から戻って来た時には、人間も動物もそこに流れる血液の流れで、その気配が分かるようになっていたのだった。
トヌマ達の気配に気づき、家に走ったミツは家の戸口を勢いよく開けると、予想通りの光景に歓喜した。
「トヌマ!マルナ様!」
「ミツ!『ただいま』が先だべ!』
すかさず突っ込みを入れたのはミツの母親だったが、顔は笑顔だった。三人は囲炉裏を囲んでお茶を飲んでいたようで、トヌマもマルナもすっかり家になじんでいた。
「ミツ、久しぶりね。良かったわねトヌマ、あなたの予想通りだわ。」
「はい。…ミツ、信じていたよ。お前ならここに来てくれると…。」
ミツは、トヌマとマルナに駆け寄ると、二人の手を取り握りしめた。
「…えがった…本当にご無事で…えがったべ。」
三人は抱き合い、心の底から無事を喜んだのだった…。
職人達も合流すると、彼らの住まいをどうするかをトヌマ達と相談したが、ミツの母親の話では、その心配は無用との事だった。悲しい事だが、トステ国からの命令で、村の男達は全員兵士として借り出されたと言うのだ。その為、誰も住んでいない家も数多くあり、仮の宿としてすぐにでも貸してもらえるとの事だった。ミツはその日中に職人達の住む家を確保する為、各家を回って歩いたが、ミツが連れて来た職人達は村の人間達に思った以上に快く迎えられた。もともと着物の生産を主産業としていた村は、その働き手が増えた事に喜んでいたのだ。
職人達の住まいも確保し一段落すると、母親を含めた四人は、改めて今までの経緯と今後について話し合った。話の中で、マルナがスミナルの妃である事は、ミツの母親以外には秘密にしてあるとミツは聞かされた。その理由を尋ねると、マルナは、生き生きとした笑顔で答えた。
「私は、生まれ変わりたいの。天子様の妃としてではなく、一人の人間として。」
「村の人間にも着物作りの職人として、既に受け入れられている。誰も気づいていないようだ。」
と、トヌマは苦笑しながら教えてくれた。
「そんでなあ、ミツ…。」
ミツの母親が少し難しい顔をして、ミツに話す。
「ここのもんは、トステに対して、恨みを持ち始めてるんじゃ。」
「…どういう事だべ?」
「…ロトが流されて来たべ…。」
それは、ミツにとって忘れられない光景だった。赤い川の中を、ミツの幼馴染でカイヤの旦那のロトが腐りながら傷だらけで川を流れて来た…あの光景を忘れる事は出来ない。
「そう言えば、カイヤは?さっき村を周った時には、見かけてないけんど…。」
「あれ以来、行方不明なんじゃよ…。ふらふらアスナ峰の方へ歩いて行ったっちゅう話は聞いたけんど、どこぞで野垂れ死んでるかもしれん…。そんでもって、また戦で村のもんが、連れてかれただ。もう、この村でムト(祈りの儀式)をするもんもおらんようになっただよ…。」
「ミツ、そんな中でマルナ様がスミナル様の妃だと分かれば、何が起きるか分からない。だから、村の皆には秘密にしている。これからも話さない方が良いだろう。」
トヌマが説明を補足すると、ミツは納得した。やはりこの国は間違っている。そう感じたミツは、自分の考えを皆に話す事にした。ミツがミズノイシと共にいる事はトヌマしか知らない。だが、皆に話すべきだと思ったミツは、自分が水を操れる事、四神の事、そしてアマノイシが人間を救うために『まず、国を滅ぼせ。』と言った事を全員に伝えた。しばらく誰も言葉が出なかったが、やがてマルナがため息をつき、口を開く。
「…この国は間違っていたのね。人に神などいなかった。…でも、今なら分かる気もするわ。残念ながら、スミナル様に神々しさを感じた事は無かった。そういうものなのだと、自分を納得させてはいたけれど…。」
「マルナ様…。」
ミツは、マルナの存在意義を否定してしまったように思ったが、マルナは芯の強い女性だった。
「信仰というのは、そもそも寄り添うものでなければいけない。例え人に神がいたとしても、それを
ミツは、やはりこの人は器が違うと感じた。確かにマルナの言う通りだった。信仰自体は何も悪い事ではない。本当に神がいるかどうかよりも、それにより癒しを得たり安らぎを得られるのであれば、そちらの方が大切だ。だが、信仰を利用して人々を操るのは、ただの独裁でしかない。
「…あたいは、この国を無くしたいと思っただ。」
ミツの言葉に、全員が息を飲んだ。
「ナッカが正しいかどうかは、あたいには分からんけんど…アマノイシは『己の心に問え』と言っただ。だで、あたいの心がトステを否定している以上、あたいはこの国を滅ぼす。」
トヌマは、ミツの言葉に驚いていた。その決断もそうだったが、ミツが変わったと感じたのだ。今目の前にいるのは、かつての優しいだけのミツではない。もっと強く、大きくなったように思えたのだった。
「だども、どうやって…?」
不安に思ったミツの母親が尋ねる。
「ここまで、川を下って来た最中…アスナ峰の付近に差し掛かった時に、何か嫌なものを感じただよ。さっきの話じゃ、やっぱりアスナ峰で戦が起きるんだべ?」
「んだ。そう聞いとる。多分もうすぐ始まるじゃろ。」
「まず、その戦を止めさせるだ。あたいの力で…。やれることは一つずつだけんど、ケルト川は国境線になってるだ。戦が起こるたんびに、あたいは止めに行く。」
「そんな事が、出来るんだべか?」
「んだ。水を操るだけだで。戦したくても溺れそうになったら、さすがに戦どころでねえべ。大した事ねえだ。」
簡単に言うミツに、母親は呆気にとられたが、トヌマが冷静にミツに尋ねる。
「だとしても、この国が変わるだろうか?」
「問題はそこだべ。出来れば、停戦した上で話し合って、新しい国を作りたいって思ってるだ。始めは、小さい国だと思うけんど…。戦を止めたいと思ってる人は、ナッカにもおると思うだよ。」
ミツは、やっぱりカチやフーナ、オングと一緒に行動したいと思っていた。ミツが少しずつ行動を起こせば気づいてくれる…もしかしたら、既に同じ事を考えてくれているのではないかと、期待していた。
「その話、私は賛成よ。やるべきだわ。むしろ、私はスミナル様にそうして欲しいと願っていた。…今となっては厳しいけれど…トステやナッカとは違う、新しい考えを持って国を作る事が大事だわ。」
マルナが、ミツの意見に同意すると、トヌマとミツの母親も頷いた。そしてマルナは、トヌマに妃として最後の命令をする。
「トヌマ、ミツを助けなさい。これから守るべき人間は、ミズノイシと共にあるミツです。私の護衛の任は、今を持って終了します。」
「は!」
「ただし、私もアスナ峰に行きます。新しい国とやら、その手伝いを私にもさせて欲しいのです。ミツがあちこちの戦を止めに行くのであれば、折角新しい国を作っても、いずれバラバラになる可能性があります。何が出来るか分かりませんが、国作りにおいては、私も少しは役に立てるかもしれません。ミツ、これは私からのお願いです。」
「勿論だべ。むしろ、期待してただよ。その辺のところは…多分…あたいじゃ無理だと思うべ…。」
申し訳なさそうに言うミツに、何となく全員が笑ってしまった。
次の日、ミツとトヌマとマルナの三人はアスナ峰へ向かったのである。