第4話 信頼

文字数 2,645文字

『トヌマが、マルナと駆け落ちした。』

ミツは、コルナス山脈から戻った後、職場の人間の発した言葉を信じられずにいた。あの優しさは嘘だったのか…一瞬そう思ったミツだったが、すぐに思い直し、周囲の人間が何を言っても聞く耳は持たず、ただただミツはトヌマを信じることにした。
その上で、ミツは冷静になって考える。もし、二人がいなくなった原因が『駆け落ち』以外だとしたら何だろうか…そう考えた時『身の危険を感じて逃げた。』という理由しか考えられなかったのだ。では、どこへ?ミツはトヌマならどうするだろうかと暫く考え、決心した。そして、職人達に告げる。

「南へ行って来るべ!」
「は?」
「あたいの故郷だべ。皆には申し訳ないけんど、多分もう戻って来られねえだ。」
「は?し、仕事は?」
「もう、皆だけで大丈夫だあ。けんど…もしかしたら、ここカナンも危なくなるかもしんねえ。もし、一緒に来れるなら皆で行ぐべ。」

あまりの突然の引っ越しの提案に、当たり前だが職人達は動揺する。

「ミツちゃんの話には、理由が無いのよ。まずは理由を教えてくれる?ここが危なくなるってどういう事?」

すると、ミツは自分が水を操れる人間である事、この世には四神と世界を創ったアマノイシがいるという事。北へ行っていたのは、人間が滅びると啓示を受け、それを防ぐために行ったのだという事を話し、このままでは、戦で多くの人が死んでしまう事を説明した。ミツの話は色々と脱線したが、とりあえず職人達はそこまでの話を大体理解した。だが信じたわけではなかった。

「ミツちゃん…いくら何でも、その話を信じろと言われても無理な話よ。」
「天子様は、どうなる?この国は人間を守る神が、天子様に恩恵を与えていたのではないのか?」
「私らが信じていたものは、何だったの…?」

方々から、意見が上がった。
するとミツは、桶に組んであった水に手をかざす。そしてその手を振り上げると、桶の水は宙を舞い、一瞬にして蒸発したのだ。

「…これで信じてくれただか?残念ながら、人に神はいないだよ…。」

職人達は、あっけにとられていた。だが、目の前で見せられたら、信じないわけにいかない。

「…マルナ様を、ここにかくまった時に言うべきだっただ。…けんど、皆が『人に神がいる』と信じとったもんで、話せなかっただよ。それに…もし話しとったら、天子様の妃であるマルナ様を、匿ってくんねえかも知んねえ…すまねえ。これは言い訳だべな。皆に隠していた事は謝る。」

職人達は、お互いの顔を見て、やがて笑った。

「ミツちゃん…。分かったわよ。私達はあなたを信じる。何故か分からないけど、あなたは嘘をつくような人じゃないって信じられるわ。だから私達の事も信用して。」
「そうだよ、水臭いじゃないか。一人で世界を救おうとしなくなって…。」
「もっと、俺達に頼りなよ…。」

皆の言葉に、ミツは始めキョトンとしたが、やがて泣きそうになった。「この人達を守りたい」心の底からそう思ったのである。

「それで、なぜ南へ?…あなたの故郷へ行く話になるの?」

ミツは泣いている場合ではないと思い頬を叩くと、皆に説明する。

「トヌマ…トヌマさんやマルナ様が逃げる理由は、やはり皇室が彼らを見つけて、殺そうとしたからだと思うだよ。…トステは戦を今でも戦をしようとしてるだか?」
「ああ。マルナ様が、ここに隠れて間もない頃はそうでもなかったが…今、町の噂じゃあ、トステ中のあらゆる武器を集めてるって話だ。」
「武器を集める?どういう事だべ?」

ミツが、ふと疑問に思い聞き返すと、他の職人達が答えた。

「そういやあ、私も聞いたよ。なんか鉄鉱石が取れなくなって、新しく武器を作れなくなったって噂。」
「そうそう。どうやら、それでも足りなくて、今度は国中の包丁やら鎌やらを回収するって聞いたわ。溶かして武器にするみたいよ。」

ミツはオングの話を思い出していた。オングの負の感情によって起きた、土の異変が招いたことに違いない。

「何でそうまでして(いくさ)するんだべか…。」

ミツが呟いた言葉は、そこにいた全員が思っていた事だった。

「…とにかく、トステは戦をしようとしている…なら尚更、戦に反対しているマルナ様は邪魔なはずだべ。そんで、二人は見つかった。二人は皆に何も言えずに、逃げるしかなかった状況だとしたら、どこさ逃げるだか…。」
「それが、ミツちゃんの故郷?」
「…私とトヌマさんしか知らない場所は、そこしか考えられんし…。私がトヌマさんなら…そうするんじゃねえべかと…。」

少し自信なさげに、どんどん声が小さくなっていったミツだったが、職人達はクスクス笑いだした。

「それで?あなたが、トヌマさんを信じる根拠は何なの?ま、聞くまでもないか。ハハ。」
「実は、俺達も『駆け落ち』の噂が広まった時、どっかでそんなはずないって思ってたんだよ。なあ?」

一人の職人が皆に問うと、皆笑いながら頷いた。ミツが不思議そうな顔をして皆に尋ねる。

「…どうして?」
「トヌマとミツの様子を見てれば分かるよ。誰だってな。」

そう言うと、職人達は大いに笑った。ミツは真っ赤になってしまった。

「…それはそうと、どうやってそんな遠いところまで行く?全員に馬は調達できねえぞ。」
「ケルト川を下るべ。」
「は?」

ーーーーーーーーーーーーーーー

それから一か月後、ミツ達は川釣りをしている漁師に話をつけ、小さな船を一層調達した。その船は、あくまで釣りをするために川沿いを漂うだけの船だった為、南へ下ると聞かされた船頭は、自殺行為だと言って必死で止めた。

「この川は、どんな船でも渡ることも出来なければ、下ることも出来ねえ!流れが速すぎて、南へなんか行けるわけねえよ!その前に船は粉々だ!」

だが、説明が面倒くさかったミツは、職人達を船に乗せ、その船頭もついでに船に乗せると、悠々とケルト川の一番流れの速い中央に船を向かわせた。船頭は悲鳴を上げたが、船はゆっくりと何事もなく南へ向かっていた。川の流れを操作する事など、今のミツには、さほど大変な事ではなかったのである。
ミツと職人達は、カナンを出て二ヶ月後には、ミツの村についていた。
それは、アスナ峰の戦が始まる少し前の事だった。


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登場人物紹介

アマノイシ(創造の神)

ヒノイシ(火の神)

カチの目を持つ

ミズノイシ(水の神)

ミツの目を持つ

カゼノイシ(風の神)

フーナの目を持つ

ツチノイシ(土の神)

オングの目を持つ

カチ(ナッカ国のカチ)

・鍛冶職人。右目に眼帯をしている。

・左手の指を二本失う(第1章第3話)

・仕事仲間のヌイトをクイに殺される。(第1章第3話)

・ヒノイシと共にある。

ミツ(トステ国のミツ)

・着物の染め師

・トヌマ(クイ)に好意を持つ(第1章第5話)

・幼馴染のカイヤの夫ロトが戦で死亡(第1章第6話)

・妃マルナのお気に入り

・ミズノイシと共にある。

フーナ(ナッカ国のフーナ)

・旅芸人一座の担い手

・同じ舞い手のチルミがタズ将軍(ドガ)に殺される。(第1章第8話)

・クイを装い逃亡中

・カゼノイシと共にある

オング(トステ国のオング)

・クイであるが普段は炭鉱夫。

・トヌマとは知り合い。

・鍛冶職人虐殺に加担。ヌイトを殺害する。

・養子ノアを失う(第1章第12話)

・ツチノイシと共にある。

ゴンガ(ナッカ国)

カチの友人。大将に就任する。

クナル(ナッカ国)

ナッカ国元帥。

ムタイ(ナッカ国)

元大将

ネスロ(ナッカ)

中将でムタイの腹心の部下

デング(ナッカ国)

フーナのいる一座の座長。娘チルミをタズ将軍(ドガ)に殺される

トヌマ(トステ)

・クイでオングの知り合い。

・マルナの護衛。

マルナ(トステ)

天子スミナルの妃

カイヤ(トステ国)

ミツの幼馴染。夫(ロト)を戦で失う。

ガイダル(センゴク村)

センゴクに住む老婆。

グイダル(センゴク)

センゴクに住む老夫

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