第6話 頂上へ
文字数 2,548文字
既に一ヶ月近く四人は歩いていたが、特に大変な道行きではなかった。
「こんな事なら、馬でも来れたな。今から引き返すか?」
カチがそう言いながら笑うと、フーナも笑って答えた。
「今更?だいたい、カチに馬を与えたら焼いて食べかねないわ。それじゃあ馬が可哀そうよ。」
「そんな事するわけねえだろ。お前だって油断したら、今度は馬ごと吹っ飛ばされるぞ。」
「そんなヘマしないわよ。」
余裕が出てきた一行は、冗談も飛び出すほどになっていた。
そんな中、ミツが少し暗い顔をして一行の後ろを歩いていた。オングがそれに気がつくと、声をかける。
「どうした、ミツ?足がまだ痛むのか?」
「いんや、足の方はもう大丈夫だで…何でもねえです。」
「何でもないって顔ではないが…。」
すると、その様子を見たフーナが、ミツの気持ちを察した。
「大丈夫よ、ミツ。あなたの能力が発揮できなくても、あなたの自然を感じる力は、私達が飢えた時に、役立つんだから。」
「そうだよ。この間だって、食料を調達してきてくれたじゃないか。」
カチもミツを慰めると、ミツは力なく笑った。確かに全く皆の役に立ってないわけではないが、ミツは他の皆の様に、自然を操る力を身に付けたわけではなかった。『自分も皆の役に立ちたい。』そんな思いは、ミツの焦りとなっていたのである。
一行はスルナ山の頂上まで、あと少しという所まで来ていた。
だが、その場所は今までの光景と一変する。この世のものとは思えない光景だった。
今までも氷や雪で辺りが真っ白ではあったが、地面がその下にある事は分かっていたので、オングがその地面をせり上げ、皆の足場を作っていたのだ。だが、そこはオングの力が使えなさそうな場所だった。
そこは地面全てが氷で出来ていた。そしてもっと不思議な事に、その氷の下を魚が泳いでいたのだ。それが見えるという事は、足元の氷は薄い事は容易に想像がつく。薄い氷の下を川が対流しているようだった。この頂上付近に魚がいる事も驚きだったが、この場所は自然の常識を無視したような光景だったのだ。表面の氷は薄い事に加え、左右は崖になっており、氷の川だけが頂上へと続く道になっている。
「これ…どういう事?」
フーナが困惑としていると、カチが氷の川に手を置いた。すると、カチの手の周りから氷が解け始め穴が開き、そこから吹き出した水がカチの体を吹っ飛ばした。
「カチ!」
そう言うや否や、フーナはすぐさま風を起こし、カチの体を風で引き戻す。
吹き出した水はすぐに凍り始め、一緒に飛び出した魚も凍り付き、やがて穴は塞がった。
「助かった。ありがとな、フーナ。」
「お礼は別にいいけど…あんた、今何したの?」
「何もしてねえ。ただ手を置いただけだ。」
「体温で溶けるって言うの?じゃあ、泳ぐしかないじゃない。」
「それは無理だろう。今みたいに水が吹き出してきて、吹っ飛ばされるだけだ。」
オングは冷静に分析したが、解決方法は分からなかった。
すると、ミツが前に出て決心したように言った。
「やってみるべ。」
するとミツは、カチが先程手を置いた辺りに、静かに足を乗っけようとした。慌ててカチが止めようとする。
「おい!ミツ…」
「待て…任せよう。」
オングがカチを制し、ミツの足元を見つめた。
ミツの置いた足元から、明らかに氷が厚くなり、白くなっていくのが分かった。下を泳ぐ魚もミツの足元から去って行く。するとみるみるうちに白い道が山頂へと続いた。フーナが驚いて、声をかける。
「ミツ…。」
「…この感覚を維持するだな…。何となく分かってきただよ。」
「どうやったの?」
「『悲しい』気持ち…とでも言えばいいんだべか。上手くいって良かっただよ。」
一行は、ミツの作った白い道を恐る恐る歩いた。問題はないようだ。
「さすがだなミツ、これなら頂上まで行ける。」
オングの言葉にミツは少し嬉しかったが、気持ちを維持するため、なるべく喋らず歩いていた。一行はその道を注意深く歩き、頂上を目指す。そして、後少しという所でカチが声を上げた。
「そろそろ着くぞ!やったな、俺達。」
その言葉を聞いた瞬間、ミツの心が少し緩んでしまった。途端に、後方を歩いていたカチとフーナの足元の氷が解け、穴が開き水が吹き出す。
「ワァーーー!」「キャアーーー!」
勢いよく吹き出した水に、二人が吹き飛ばされた。それを見たミツは混乱し、自分の足元の氷も溶かしてしまう。途端にオングもミツも吹き出した水に飛ばされた。カチが、一緒に飛ばされたフーナに向かって叫ぶ。
「フーナ!風で皆をまとめろ!」
「カチ!私から二人が見えない!場所を教えて!」
「二時の方向、四
カチが、オングとミツの体温を感知しフーナに場所を教え、二人は協力して皆を一つの場所にまとめた。だが、水流は激流となって四人を崖下へ落そうとしている。
「これ以上は無理、水の流れが速すぎて…。」
フーナが、頑張って風で全員を押し上げようとするが、水の流れは四人に向かって更に勢いを増していった。オングが叫ぶ。
「俺が、頂上の岩場を出来るだけ引き寄せてみる!ミツ!」
「ど、どうすればいいべ?!」
「その岩場まで、この水の流れを持っていけ!お前なら出来る!」
「うぅぅ…行ぐべーーーーーーー!」
ミツが何の感情を込めたのかは分からなかったが力の限り叫ぶと、次の瞬間、水流はオングが作った頂上近くの岩場まで、駆け上がる竜のように逆流していった。
あっという間に、四人は頂上に着いたのである。
暫く四人は、岩場に座り込み息を切らしていたが、やがてミツが申し訳なさそうに呟いた。
「油断したべ。申し訳ねえ…。未熟もんだけんど、これからもよろしくだべ…。」
ミツの言葉に全員が腹を抱えて笑った。