第1話 カチの覚醒
文字数 1,884文字
カチがメッキに着くと、そこは既に惨劇と化し、見たくもなかった光景がカチの前で繰り広げられていた…。
大きな剣を持ったナッカの子供が、震えながらトステの兵士に向かっていく。その母親が子供を追いかけ子供を庇うと、トステの兵士に切り殺される…。他方では、ナッカの兵士が子供を盾にしてトステの兵士を切り殺す。トステの兵士の中には木刀を持った者までいた。何の役にも立たない木刀を狂ったように振り回して殺されていく。あちこちに死体の山が築かれ、その中で己を失い彷徨っている者もいた。兵士も女も子供も殺されている…。
その惨状は、もはやカチが知る戦ではなかった。カチは震えが止まらなかった。火の力を使いたくても、そんな事をすれば、目の前の女子供まで巻き沿いになってしまう。カチはこの戦自体を止めるためには、すぐに首都メッキの住人をナッカ城の中に避難させるべきだと思った。そうすればトステ軍だけになる。ならば火の力を使うことも出来て、トステ軍を壊滅させられる。そう考えたカチは、ナッカ城で指揮をしているであろうゴンガの下へと急いだ。
「ゴンガ大将!ゴンガ大将はおられるか?!」
「おられませぬ!自ら戦っておられます!」
城の中にいたナッカの兵士が答えると、カチはその兵士に怒鳴った。
「なぜ、町中で戦っているのだ?!兵士でない者まで被害に遭っているではないか!」
「…ゴンガ大将の命令です…。」
「違うだろ?!元大将のムタイの仕業であろう!でなければムタイに無理やり…」
「それは違います!」
「違わない!ゴンガがこんな采配を好んでするわけがない!」
「違うんです!ムタイ殿は…クナル元帥の部隊がアスナ峰に向かわれた後…ゴンガ大将に殺されました…。」
「…何…?」
「ムタイ殿は殺され、ゴンガ殿は変わられました…。メッキにてトステ軍を迎え撃つように提案したのも、町中の人間に武器を持たせたのも、ゴンガ大将の意向なのです!」
カチは信じられなかった。あの優しい、父親でもあるゴンガがそんな事をするわけがない。そう思ったカチだったが、すぐに兵士に命令した。
「…例えそうだとしても、このままでは戦は酷くなる一方だ。出来うる限り伝令せよ。ナッカの国民を城内へ避難させるのだ!」
「しかし…もう誰がどこにいるやも分かりませぬ。遅すぎます…。」
「いいから、やれ!」
「…は!」
返事をした兵士だったが、もはや、カチの言った事を遂行出来るとは思えなかった。その事をカチも十分承知していたが、それでも一人でも多くナッカの国民を救いたかったのだ。そして集中した。首都メッキのどこかにゴンガはいる…。ゴンガの気配を探ったカチは、メッキの中心から少し離れた所にゴンガの気配を感じた…だが、カチはその気配に困惑していた。
『以前のゴンガの気配とは違う…。嫌な感じだ…。』
そう感じたカチだったが、ゴンガを探すしかなかった。再び馬に乗り、ゴンガの下へと走らせると、見えてきたのは鬼人と化したゴンガの姿だった。
「…死ねえ!…皆死ねえ!…この世は力だ!…力の弱い者は死ぬがいい!」
血走った眼をしたゴンガは、その正体を完全に失っていた。ナッカであれトステであれゴンガの間合いに入った者全て、ゴンガの剣の餌食になっていく。血まみれの剣を振るう度に死体が増える…。カチは唖然としていた。…もう止められない…そう悟ったカチは、ゴンガを殺すために剣を構える。
その時だった。
「お父さん!もうやめて!」
一人の女の子が、ゴンガの間合いに入って来る。ゴンガの娘だ。
「死ねえ!」
ゴンガは、容赦なくその女の子を切り殺した。自分の娘を…。
だが、ゴンガはその事にも気づいていないようだった。すると、今度はゴンガの妻がその間合いに入って来る。
「あなた!なんて事を!」
「俺に命令するな!死ね!みんな死ねえ!」
ゴンガは妻もその剣の餌食にした。そして二人の首を切り落とし、両手に持つとゴンガは満足そうに笑う…。
「俺は大将だ!俺に逆らうな!…誰も俺に指図するなぁ!」
その姿を見たカチは、自分の中で何かが切れるのを感じた。
カチの周りに火柱が上がる…カチの覚醒が始まったのだった。