第4話 女同士
文字数 2,418文字
先に気がついたフーナは、自分が途中で引っ掛かっている事が分かると、すぐに辺りを見回し、ミツを探した。ミツはすぐ傍にいたが、気を失っている。だがフーナは起こすことはせず、そのままミツを助けることにした。ミツが引っ掛かっていたのはフーナとは違い、せり出していた岩の更に先に会った細い枝だったのだ。ミツが起きて暴れたりしたら、それこそ下まで落ちてしまう。辺りは相変わらず、吹雪いていた。その風でミツの体が揺れる。助ける前にこの風を何とかしなければいけない…そう考えたフーナは、さっきの感覚を思い出して、周りを無風状態にする。今度は、その感情を心の奥底で持続しながら、無風状態を維持することが出来た。
「分かって来たわ。」
フーナはその感覚をつかむと、ミツの体をせり出した岩の上に引き上げる。ふと振り返ると、ちょっとした洞穴があった。フーナはミツを抱え、その洞穴に一時避難する事にした。
暫くすると、ミツが目を覚ます。
「ん…フーナさん…助かっただか?」
「大丈夫よ。ケガはない?」
「うん、平気みてえだ。…ここは、どこだか?」
「崖下に落ちたけど、途中で引っ掛かったみたい。一番下までは落ちてないわ。ここは、崖の途中の横穴ってとこかしら。」
「ああ、良かったべ。…そんだ、二人を探さねばな…イタッ!」
「ミツさん!」
ミツは立ち上がろうとして足首を挫いている事に気がついた。だが、そんな事は言ってられないと思い、頑張って立ち上がろうとするが、フーナはそんなミツを止める。
「無理しない方が良いわ。それに、ここに居た方が良い。大丈夫よ、あの二人はこちらに向かっているわ。」
「何で、そんな事が分かるがか?」
「声が聞こえる。風に乗って二人の声がするの。」
洞穴の外は、吹雪の轟音でミツには何も分からなかった。
「…そんな事も分かるがか?」
「なんかね。ちょっと分かって来たみたい。『願う』んじゃなくて『委ねる』とでも言ったらいいのかしら、踊っている時と似ているわ。」
「…あたいも出来るんだべか…。」
「きっと出来るわよ。」
フーナはミツに微笑んだ。そして、フーナは自分の着物を裂くと、それを包帯代わりに、近くにあった小枝を添え木にして、ミツの足に巻き付ける。その手際の良さは、旅芸人として培われたものだったが、ミツは何も出来ない自分に、少し引け目を感じていた。
暫くして日も陰り始めたのか、辺りは一段と寒さを増していく。洞穴に風は入ってこなかったが、寒さで二人は震えていた。
「…フーナさん、風は無くても…やっぱ寒いべな。」
「そうね。風は防ぐ事は出来ても、ここは南風すら寒いから、呼び込んでも寒いだけね…。こればっかりはどうにもならないみたい。」
フーナがそう言うと、ミツはフーナの隣にすり寄ってきてフーナにくっつくと、子供のように甘えた。
「ミツさん?」
「ミツでいいだよ。こうすればあったかいべ?」
「フフッ、私もフーナでいいわ。あったかいわね。」
二人は笑い合った。そして、どちらからともなくお互いの事を話し始める。ミツは染め師の仕事の事、フーナは旅芸人の生活や舞い手の事…時に笑い、時に真剣に二人は語り合った。そして、ふとフーナは意地悪く聞いてみた。
「ミツは好きな人はいないの?」
「え?」
真っ赤になったミツを見て、フーナは笑う。
「分かりやすい!ミツってば可愛い!」
「か、からかわんでけろ!そう言う、フーナは、どうなんだべ?」
「私もいるわよ。…美しい笛を吹く人よ。」
そう言うと、フーナはクナルの笛の音を思い出していた。その顔を見て、ミツもちょっと幸せな気分になった。
「会ってみたいべな。フーナの好きな人…。」
フーナは、それは無理だろうと思った。トステの人間がナッカの元帥と会う事は、先ずありえない。戦場以外では…。
「ミツの好きな人は?どんな人?」
「優しい人だべよ。いつも、助けてくれる人だ…。」
ミツはトヌマの笑顔を思い出す。あの笑顔をまた見ることが出来るのだろうかと思い、少し寂しくなった。自分自身もそうだが、クイであるトヌマはいつ命を落としてもおかしくないのだ…。
二人は暫く黙ってしまった。だが、その沈黙はミツのお腹の音でかき消される。フーナは、ミツの背中を叩きながら爆笑すると、ミツは真っ赤になってしまった。
「ごめん、笑っちゃって…。そう言えば、大きな荷物は男共が持ってたわね。食べ物もその中だから、我慢するしかないか。」
「フーナ、あの辺にキノコが生えてるんじゃないだべか?」
「え?」
ミツが指をさした先には、氷に覆われた岩があるだけだった。
「どこに?」
「その氷を削ったところに、きっと生えてるべ。」
フーナは言われるまま氷を削ると、ミツの言ったようにキノコが生えていた。
「それなら、そのまま食べられるで、腹ごなしするべ。」
「え、ええ。…ミツ、ここにキノコがあるって何で分かったの?」
「え?分からないがか?気配で分かるべ。」
「普通、分からないわよ。…ねえ、ミツ。動物も気配で分かるの?」
「うーん、魚ならわかるけんど、他は分からん。でも植物の気配なら、大体わかると思うけんど…。どこに何の花が咲いてるかは、見なくても感じるべ…って、みんなは違うがか?」
フーナは理解した。これが水を感じる力なのだと。ミツはその植物に流れている水の流れを感じているのだ。魚の気配が分かるのではなく、魚の泳ぐ水の流れを感じているのだ。厄介なのは、本人がそれを全く理解していない事だった。
フーナは、その事をミツに理解させる事に、かなりの時間を費やさねばならなかったのである。