第3話 採決

文字数 1,690文字

その日、クナルは丘の上で一人、笛を吹いていた。夜に行われる軍議で、春に向けナッカがどのような道を取るかが決まる…。
ナッカの男達は戦を好む。それゆえにクナルは苦しんでいた。クナルは元帥になる前から、戦の絶えない世の中を憂いていたのだった。力を誇示する事にどれほどの意味があるのか…人が生きる以上に大切なものなど本当にあるのか…しかし、クナルは分かっていた。身分のない者が何を言ったところで、誰も言う事を聞かない。だからこそ、自分が元帥になる道を選んだのだが、元帥になった所で、ナッカの男達の精神を変えることは困難だった。クナルは中立の立場をとっているゴンガが、自分の援護をしてくれる事を望んでいた。

笛を吹いていると、懐かしい気配がクナルの心に寄り添うように現れる。その舞いに合わせて笛を吹く…クナルはこの時間を永遠のものとしたかった。

「何を考えていたの?笛が重かったわ。」

舞いが終わり、クナルに話しかけたフーナは、相変わらず美しかった。クナルは思わずフーナを抱きしめた。

「…お帰り。」
「…ただいま。」

フーナもまた、カチと同じように自分に備わった力により、周りの気配を今までとは違った感覚で捉えていた。フーナの場合は、その人を取り巻く風として見えていた。今、クナルの周りの風は重い…。

「何があったの?」
「君には、何もかも分かってしまうんだな。…君の事を考えていた。」
「嘘はダメ。」

笑顔を見せながら、するりとクナルの腕から抜け出した。
クナルは苦笑すると、ナッカがトステに対し、より一層戦を仕掛けるつもりである事、それを自分では止められそうにない事を話した。

「あなたでも、止められないと…。」
「ああ。…これは推測だが、私を良く思っていない連中が、戦をけしかけているような気配もある。恐らくは、前大将のムタイの一派だと思われるが…。」
「あなたの味方はいないの?」
「いるにはいるが…私は、人の意見は意見として聞くべきだと考えていてね。それが例え自分とは違う考えであっても…だから、私の味方になってくれとは、思ったとしても言えないのだよ。」
「フッ…。あなたらしいわ。」
「そもそも、ナッカの男は戦を好む。この国から戦を無くすこと自体、無理な話なのかもしれないな…。」

フーナは考えていた。『先ず、国を滅ぼせ』アマノイシの言葉は、この事を指していたのかもしれない。

「ねえ、あなたはこのナッカをどうしたいと思っているの?」
「…戦のない、平和な国にしたい…だが、それは無理そうだ…。」
「あなたは、元帥でいる事に特別な意味を感じているの?」
「そうだな…このまま戦が続くのなら、誰が元帥になっても同じかも知れないな。俺は、笛を吹く方がいい…。」
「…アマノイシは私に『国を滅ぼせ』と言った。」
「え?」
「でも、どの国とは言わなかった。私があなたを助ける事が出来るとするならば、

を無くす事なんじゃないかしら?」
「ナッカを…無くす?」
「そうよ。」

二人を取り巻く風が、強くなったようだった。

ーーーーーーーーーーーーーーー

その夜、ナッカ城で再び軍議が行われた。
集まったドガの中には、クナルを見やりながら、ひそひそと話している将軍達もいた。ネスロの噂が思った以上に広まっているようだった。ムタイはその様子にほくそ笑み、またネスロも同様で、ゴンガは苦悩した表情のまま下を向いていた。そんな周囲の気配を感じたクナルは、目を閉じたまま何も喋らなかった。

様々な意見が出されたが、殆どの者が、今年こそがトステをたたく好機と見ていた。ある程度の意見が出しつくされた時に、ムタイがゴンガに尋ねる。

「ゴンガ大将のお考えは、いかがかな?」

一同が、ゴンガを見守った。ゴンガは一呼吸して、口を開く。

「…私も、トステに対して今が好機と思われます。」

ゴンガの判断にクナルは、深くため息をついた。

「では、採決に入りましょう。」

ムタイの言葉にドガ達が手を挙げる。戦を回避する意見に賛成したのは、ごく僅かであった…。
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登場人物紹介

アマノイシ(創造の神)

ヒノイシ(火の神)

カチの目を持つ

ミズノイシ(水の神)

ミツの目を持つ

カゼノイシ(風の神)

フーナの目を持つ

ツチノイシ(土の神)

オングの目を持つ

カチ(ナッカ国のカチ)

・鍛冶職人。右目に眼帯をしている。

・左手の指を二本失う(第1章第3話)

・仕事仲間のヌイトをクイに殺される。(第1章第3話)

・ヒノイシと共にある。

ミツ(トステ国のミツ)

・着物の染め師

・トヌマ(クイ)に好意を持つ(第1章第5話)

・幼馴染のカイヤの夫ロトが戦で死亡(第1章第6話)

・妃マルナのお気に入り

・ミズノイシと共にある。

フーナ(ナッカ国のフーナ)

・旅芸人一座の担い手

・同じ舞い手のチルミがタズ将軍(ドガ)に殺される。(第1章第8話)

・クイを装い逃亡中

・カゼノイシと共にある

オング(トステ国のオング)

・クイであるが普段は炭鉱夫。

・トヌマとは知り合い。

・鍛冶職人虐殺に加担。ヌイトを殺害する。

・養子ノアを失う(第1章第12話)

・ツチノイシと共にある。

ゴンガ(ナッカ国)

カチの友人。大将に就任する。

クナル(ナッカ国)

ナッカ国元帥。

ムタイ(ナッカ国)

元大将

ネスロ(ナッカ)

中将でムタイの腹心の部下

デング(ナッカ国)

フーナのいる一座の座長。娘チルミをタズ将軍(ドガ)に殺される

トヌマ(トステ)

・クイでオングの知り合い。

・マルナの護衛。

マルナ(トステ)

天子スミナルの妃

カイヤ(トステ国)

ミツの幼馴染。夫(ロト)を戦で失う。

ガイダル(センゴク村)

センゴクに住む老婆。

グイダル(センゴク)

センゴクに住む老夫

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