第1話 ナッカ国のカチ①
文字数 1,560文字
ナッカの鍛冶屋達は一つの集落に集められ、刀や槍、矢じりを作り、まだ数は少ないが鉄砲等も作っていた。職人が集められているのは、その腕を競わせるためであると同時に、材料の流通などの効率を図っていた。
この集落に「カチ」と呼ばれる腕の良い鍛冶職人が住んでいた。カチはナッカの兵役を終えていたが、その腕を買われ将軍の右腕部隊「ドガ」への入隊も決まっていた。しかし隣国トステとの戦(いくさ)の際、仲間を守ろうと庇った瞬間、飛んできた矢に当たり右目を負傷してしまう。カチは「ドガ」への入隊を諦めざる負えなくなり、親の後を継ぎ鍛冶屋となったのだ。もともと負けず嫌いのカチは、鍛冶職人となっても片目のハンデをものともせず、まだ三十歳という若さで集落全体の棟梁となる程の抜きんでた技術を持ち、また人望も厚かった。右目に黒皮の眼帯をし、残る左目の眼光は鋭く、仕事に対しての厳しさは言うまでもなかった。
「カチ、早馬だ。クナル元帥がご自身の新しい刀をご所望だとよ。おっと、すまねえ。」
同じ集落で働くヌイトがカチの仕事場にやってきた。ちょうどその時刀を鍛えていたカチは、弟子を従わせ、ヌイトに振り向きもせず一心に大槌を振るっていた。ヌイトはカチが仕事をしている時は、何を言っても無駄だという事は承知していた為、外で暫く待つことにした。
かなりの時が経ち、ようやく外にカチが現れたのは、日も傾いて夕暮れを迎えていた頃だった。
「待たせたな、ヌイト。」
「おう。こっちこそ悪かった。で、クナル元帥がお前に一振り打って欲しいそうだ。」
「ん?先日この集落の誰だったか献上したばかりではなかったか?」
「俺だよ。先日のトステとの戦で折れたらしい。全く…面目丸つぶれだよ。ちゃんと鍛えたんだけどなあ。」
「お前の刀で折れたのか?それは相当だな。お前、手を抜いてないだろうな?」
「そんな事するわけねえだろ。戦がここ最近多すぎるんだよ。いくら作ったって追いつきゃしない。」
クナル元帥は前線で戦う将軍として、その名をナッカ中に広めていった。それ故に人気も高いのだが、最近はトステとの戦が激しくなり、元帥の側近は将軍の身を案じて、前線に出る事を諫める程であった。
「元帥は、前線からお引きになる事はなさらないだろう。彼の矜持が許さない。」
「という訳で、お前にご使命だ。確かに、カチの刀は滅多な事じゃ折れないが…。」
「俺の刀と言えど限界はいずれ来るさ。形あるもの全てな。」
カチは最近の戦の多さに疲弊していた。この集落の鍛冶職人達もその仕事量の多さに一日中、刀を鍛えなければならないほどであった。ここでは鉄砲等も作っていたが、一丁作るのにかなりの時間と材料、それにかかる費用を要したため、大量には作れない。またナッカの人間は面と向かっての勝負を好んでいた為、刀や槍の方が未だに需要が高いのだ。
「トステのやつらは、卑怯だからな。弓や鉄砲なんかの飛び道具ばかりで、応戦してくる。」
ヌイトは嘆くが、カチはそれも時代の流れだと思っていた。国力のあるトステは鉄砲の備えはナッカよりも多いだろうと思われた。だが、接近戦ともなれば、個々の力がものをいう。そんな状態で両国の均衡が保たれているのが現状だ。だが、この先どうなるかは分からない…。
「どうだカチ?久しぶりに酒でも飲みにいかねえか?たまには休まねえと、良い技物は出来ねえぜ。」
「全く…。お前はそればっかだな。」
カチは苦笑したが、いい加減疲れていたのもあり、ヌイトと共に町へ繰り出すことにしたのだった。
この時、談笑しながら歩く二人の後ろから、気配を消し後を追う者がいた事に、二人はまだ気づかずにいた…。