第8話 ナッカ国のフーナ②
文字数 1,742文字
楽師達が奏でる音楽に合わせ、まずは群舞が踊りだす。色とりどりの布をまとい、彼女達が舞うたびに、舞台は虹のように鮮やかな空間を作り出していた。そして、ひとしきり群舞が踊り終えると、無音の中フーナが登場する。それまで酒をあおり、騒いでいた兵士達も一斉に静まり返り、フーナの動きに注目した。楽師達もフーナの動きに合わせて演奏する。まるでフーナの腕の動きが弦を弾き、足の動きが太鼓を鳴らしてるかのような錯覚にとらわれたまま、誰もが彼女のしなやかな動きに目を離せないでいた…。
フーナが踊り終わると、一瞬の間をおいて、割れんばかりの拍手が鳴り響く。その拍手を受け、フーナがニッコリ笑いお辞儀をすると、兵士達は一瞬にして彼女の虜になっていた。
一座の余興が終わり、フーナが舞台裏に戻ると、チルミが困った顔をしてやってきた。
「チルミ、どうしたの?」
「フーナさん…あの、タズ将軍がお呼びなのですが…。」
「放っておけばいいわよ。私はお酌はしない。いつもみたいに、踊りで疲れてるとか、具合が悪いとか、適当に言っておいて。」
「はい…でもいいんですか?ドガから来た将軍ですけど…。今日の主賓でもありますし…。」
「一度例外を作ったら、それこそ他でも言われるわ。『あいつに酌が出来て俺には出来ないのか』って。だからいいのよ。」
「分かりました…。」
チルミが仕方なく下がろうとした時、フーナは少し嫌な予感が過ぎった。
「待って、チルミ。あなたもそんなことする必要ないわよ。私達は芸で稼いでるんだから。それ以外は必要ないわ。」
「ええ、でも…。」
「いいから、やめなさい。座長に心配かけちゃいけないわ。」
「お父さんは、私に踊りの才能が無いって思ってる…。正直、私もそう思ってます。だから、お酌ぐらいしないと、一座のお役に立てない…。」
「ダメ!そんなこと、座長は…デングは、そんな事思ってない。あなたを誰よりも大切に思ってるわ。」
「…ありがとうございます。フーナさんって優しいですよね。…失礼します。」
そう言うと、チルミは舞台裏から出て行った。
フーナはため息をつく。チルミはきっと、フーナの代わりにタズ将軍にお酌をしに行ったのだろう。フーナは舞台で舞っている時に、タズ将軍が誰なのかはすぐに分かった。宴の席の真ん中に酒をあおりながら見ていた彼は、見るからに強そうな大男だったが、フーナはタズのちょっとした視線や、酒の飲み方に嫌なものを感じていた。酒癖の悪い人間独特の目の座り方をしていて、おそらく本来はすぐに酒に酔うにもかかわらず、周りに豪快な人間だと思わせる為だろう、やたらと一気に何杯も飲み干す。ドガ部隊の人間だと聞いているが、こんな田舎の港町に来るぐらいの実力ならたかが知れている。ましてや、トステの船に乗船し夜襲をかけるといった、ナッカの兵士らしくない
宴が終わり、兵士達もおおかた宿に帰って行ったその時に、事件は起きた。
「キャー!」
フーナが一座の泊っている宿に帰るため、衣装を着替え帰り支度をしている時だった。どこからか女性の悲鳴が聞こえ、驚いたフーナは、すぐさま声のした方へ走って行った。宴が行われていた場所から少し離れた藪の中。暗がりの中に人影が見える。よくよく見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
震える座員と、倒れているチルミ。その隣にはタズ将軍も倒れている。そしてその傍で茫然と立ちつくす座長のデングがいた。その手にはタズ将軍の物であろう剣が握られ、その剣からは血が滴っている。
フーナはチルミに駆け寄る。
「チルミ!チルミ!」
チルミは既に死んでいた。着物ははだけ、下半身をあらわにし、首を絞められたのであろうか、首にはくっきりと指の跡が残っていた。
「こいつが…チルミを殺したんだ。殺しといて…犯してた…。」
フーナは全てを理解した。デングはチルミの死体を犯すタズを見て、その剣を使ってタズを殺したのだ。何てことを…!人間以下のタズの行為に、フーナは生まれて初めての、言いようもない怒りを覚えたのだった。