第5話 卒業試験前夜
文字数 2,170文字
だが、間もなくクイの最終試験が始まろうとしていた。
クイの訓練の最終試験は真剣での試合である。相手が死に至るまで行われる非常なもので『敵を殺す』と言う事が望まれる。最終試験には、教官のオングの他に、天子スミナル・大神官カミルも立ち合いの下、十二才以上の卒業見込みとされた少年達で行われる。今回はモルと彼を慕っているサンザが卒業見込みとされ、その二人の試合となった。だが、最終試験の内容は試験の当日まで明かされない。その場で相手を殺すよう告げられるのだ。
試験前日、二人を密かに呼びだしたオングは、二人に試験内容を教えた。当然してはならない事だったが、オングは二人とも死んでほしくはなかったのだ。『弱い者が生きられない世界はおかしい』以前、養子のノアを失った経験から得た、オングの信念だった。
モルとサンザは、試験内容を聞かされ驚愕した。逃げ出したい思いでいっぱいだったが、試験を逃げるわけにも行かない。そんな事をすれば二人とも殺されることは明らかだ。そんな二人にオングは策を授ける。
「俺は、二人とも死んでほしくない。だから、二人にやってもらいたい事がある。どちらかの死を確認するのは私の役目だ。だから、モル、お前が負けて死んだふりをしてくれ。」
「…お、俺?」
モルは動揺したが、オングは構わず話し続けた。
「モルにはもう一つやって欲しい事がある。試験が終わったら、クイの子供達を全員連れて、俺のいた炭鉱の町へ行け。」
「逃げろって事か?」
「そうだ。…モル、サンザ…俺はお前達を信じている。だから、これから話す事をお前も信じて欲しい。」
「…分かった。おっさんを信じるよ。」
オングは、モルとサンザにこの国は戦に向かっているという事。そして、それは今まで以上に大規模で、大勢が死ぬ事になると話した。
「私のいた炭鉱の町へ行き、お前達は生きろ。クイになんかなってはいけない。」
「おっさん…。」
モルは、今まで見たことが無いオングの真剣な表情に、自分達を本当に助けたいと思っているのだと感じた。
「お前達がいなくなれば、多少騒動にもなる。だからサンザ、お前には子供達を探させる仕事を、初めてのクイの仕事として与えるよう、カミル大神官に俺から進言する。そのまま、モルと共に逃げるのだ。」
「…おっさんは?おっさんだって、怒られるんじゃないのか?」
「俺は大丈夫だ。…考えがある。トステは俺を手放さないだろう。」
「おっさんも、一緒に逃げよう!」
モルの言葉にオングは苦笑した。モルはオングの事を「おっさん」と呼んでいたが、オングは咎めることはしなかった。いつしか、子供達全員から「おっさん」と呼ばれるようになったが、悪い気はしなかったのだ。そんなモルが、心配そうな顔でオングを見つめる目は、まるで家族を心配しているような目だった。
「それは…今は無理だ。心配するな、全部終わったらお前達の所へ戻るよ。」
「絶対だぞ!約束だ!」
「ああ…約束だ。今日はもう寝ろ。明日は完ぺきな演技を頼むぞ、モル、サンザ。」
「ああ、任せろ。」
モルの言葉に、サンザも頷いた。
「でさあ、おっさん。何で俺が負け役なんだ?俺の方がサンザより強いだろ?」
「強いからだ。相手の剣の出所が分かる方が、寸前でかわせるだろう?演技もしやすい。」
「なるほどな。サンザ、マジでかかって来いよ。その方が分かりやすい。下手な躊躇はするんじゃねえぞ。」
「分かった。」
サンザは真剣な顔で頷いた。モルは、やはり賢い少年だとオングは思った。
「ところで、モル。」
「あ?」
「その『おっさん』が、『お兄さん』にはならないのか?」
「なるわけねえだろ。おっさんはおっさんだ。」
「全く…俺はまだ二十代だぞ。」
オングは、苦笑したが、モルは勝ち誇ったような顔をしていた。
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モル達が宿舎に帰った後。その夜、トステでは小さな地震が起きた。
首都カナンではここ最近、地震が多発しており、今回もあまり大きくは無かったが、度重なる地震で地面に亀裂が入ったり、建物にひび割れが入ったりしていた。特に皇室は石造りの建物が多かったため、その被害は徐々に無視できないものになっていた。
オングの住まいは、教官になってからは皇室にある建物の一室を与えられていた。地震を受け、外の様子を見に出たオングは、あまり被害が出なかった事に少し安堵する。
「これも俺のせいか?ツチノイシ?」
『分からん。…我のせいやもしれぬ。』
「お前のせい?」
『…正直分からないのだ。コルナス山脈で、お前が土を操れるようになってから、土の異変がお前のせいなのか、それとも我のせいなのか…。』
「どういう事だ?」
『恐らく…同調し始めている。我とお前が…。』
「同調?」
『…「神の目」を持っているという事は…こういう事か…。』
「…ツチノイシ?どうした?」
『…オング、子供達を助けたいか?』
「ああ、勿論だ。」
『…我も、同じ気持ちだ。』
「…そうか。ありがとう。」
ツチノイシは、それ以上オングに何も言えなかった。ただ、全てオングに任せようと心に決めていたのだった。