第7話 フーナとカゼノイシ
文字数 2,431文字
港町で起きたドガ部隊のタズ少将の暗殺は、クイによるものとされ、運よくフーナのいた一座にもお咎めは無く、フーナは一座の次の公演地、ここメッキで一座と合流しようとしていた。
メッキの町は城下町である。クナル元帥の住む「ナッカ城」は、あまり高くはないがメッキ山と言われる山を背後に、その中腹から兵士達の居住地が存在し、山の麓に城が建てられている。そして、城の周りには堀があり、城への攻撃に対して磐石な備えで作られていた。城下町であるメッキはその城の前にあり、トステのカナンのように綺麗に区画されてはいなかったが、飲食店街・商店街・宿泊施設・職人達の工房などが至る所にあり、行商人等も町を行き交い、ナッカ国一番の賑わいを見せていた。
「フーナ!」
宿泊施設の前で、ウロウロしながら待っていた座長のデングは、フーナを見つけると嬉しさのあまり、フーナに駆け寄り抱きしめた。座長は泣いていた。フーナも心が熱くなり思わず涙がこぼれる。
「座長…。ご無事で良かった。」
「何と言ったらいいか…。本当に、本当に、感謝しかない。」
二人は、暫くお互いの無事を確かめ合うと、宿に入り仲間達と合流した。仲間達も涙ぐみながらフーナの帰りを心から喜んでいた。当たり前だが、そこにチルミの姿はない。だが、その事に触れる者はいなかった。皆、デングの気持ちをおもんばかっての事だった。
フーナは極力明るい笑顔で、皆に話す。
「まあ、私にかかれば兵士達も大したことはないわね。一網打尽にしてやったわ。今度は一個小隊でもぶつけてみなさいって~の!」
フーナの言葉に座員達は笑い、フーナはその時の自分の様子を弁士のごとく語って見せた。
「…最後はちょっと油断しちゃって、兵士の剣が腕に当たっちゃったけど、ほら見て、これっぽっちの傷で倒したとでも思ったのかしら?間抜けよねえ。」
そう言うと、腕の傷を見せたが、フーナはその腕をぐるぐる回し、滑稽にポーズをとって見せ、座員達は吹き出した。
その夜は、久しぶりに揃った一座の笑い声がいつまでも続いていた…。
翌朝。
朝早く起きたフーナは町から少し外れた小高い丘の上で、一人舞っていた。
フーナには風が冷たく感じられた。
『あなたの心が寒いからよ…。』
カゼノイシが、舞っているフーナに語りかけた。フーナは舞いながらカゼノイシに答える。
「心を読むのはやめて。あまり、いい気分ではないわ。」
『…そうね。ごめんなさい。』
「…本当の気持ちを隠して、私達は舞台に立たなければならない。旅芸人とはそういうものよ。」
『人間は皆そうなの?昨晩のあなたは、ずっと心で泣いて、皆には笑顔を見せていたわ。』
「少なくとも旅芸人はそうかもね。そうしなければ、悲しみに囚われてしまう。私も…。」
『人はそれを「強さ」と呼ぶのね。強くなくても…。』
「そうね…。」
フーナは舞うのを止め、朝日を見つめていた。そして、人の気配に気づく。
「誰?」
すると、一人の男が拍手をしながら登ってくる。見た目は三十代中頃だろうか、精悍な顔つきをした背の高い男だった。フーナは警戒すると、男は笑顔を浮かべた。
「君の舞いに見とれていた。邪魔をしたなら謝る。」
「そう。ただで、見せてしまったわね。」
そう冷たく言うと、フーナはその場を去ろうとした。
「だが、君の舞いはどこか悲しげだ。余興には向かないのではないかな?」
「余計なお世話よ。あなたに舞いの何が分かるの?」
すると男はそれには答えず、胸元から横笛を取り出し奏で始めた。
力強さと優しさを兼ね備えた笛の音は、フーナの心を揺らした。高く低く響く笛の音は、風のそよぎに合わせて辺りを支配していく。フーナは自然と舞い始めた。時折、二人の目が合い呼吸を合わせる。不思議な事にこの男の笛が次にどう奏でるのか、何も言わなくてもフーナには伝わった。そして男もまた、フーナが次にどう舞うのか分かっているかのようだった。次第に目を合わせなくても二人の呼吸は同調し、朝日の中で二人は、お互いの存在に安らぎを感じながら、舞い奏でた。
舞い終わると、フーナは尋ねる。
「あなたも旅芸人?」
「いや、笛は趣味だ。心が落ち着く。」
「そう。私のいる一座に来ない?」
「ありがたい申し出だが、それは無理だ。残念だけど…。」
「…また、会えるといいわね。」
「…そうだね。」
男は笛を胸元にしまい、その場から立ち去ろうとした。フーナは男の背中に問いかける。
「名前を聞いても良い?」
「…そのうち分かるよ。」
そう言うと、男は去って行く。
フーナはさっきまでの寂しい気持ちからいくらか解放された気分だった。『また、あの笛の音で舞いたい。』名前も知らない男の笛の音が、いつまでもフーナの心の奥で鳴り響いていた…。
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その夜、フーナ達の一座は、ナッカ城の城内で行われた晩餐会に呼ばれていた。そろそろ冬を迎え、戦も行われない時期を迎える。毎年各地の兵士達が城に帰還をしてくるこの時期に、新年の祭りの前に元帥主催の晩餐会が行われる。晩餐会は兵士達の慰労を目的としたものだったが、フーナ達の一座が呼ばれたのは、噂の「風のフーナ」を一目見てみたいクナル元帥の希望でもあった。
一流の旅芸人の一座であってもなかなか城内には呼ばれない。ましてや今年初めて呼ばれたフーナの一座は浮足立ち、座員達は一様に緊張していたが、フーナの「お客さんは皆同じよ。お偉いさんだからってやる事は変わらないわ。」という言葉に鼓舞され、晩餐会は始まった。
いつものように、群舞達が舞い踊り、フーナが登場すると会場が息を飲む。
しかし、フーナが顔を上げ客を見ると、フーナ自身がその光景に息を飲んだ。
客席中央にいたその男は、まぎれもなく丘であった笛の男。クナル元帥その人であったのだ。