第7話 ゴンガの狂気
文字数 2,469文字
フーナはおかみの計らいにお礼を言うと、暫くはクナルの傍に寄り添っていたが、やがて気持ちの整理をつける為、宿を出て風に当たっていた。海も近いせいか風は海の匂いも運んでくる。
フーナはアスナ峰での自分の力を思い出していた。思い出すだけで手が震えている。だが、人を殺した…その恐怖から手が震えるのではなく、自分自身への怖さに手が震えていたのだ。むしろ人を殺した実感などまるでない…ただ巨大な自分が、風と共に舞いを踊ったような感覚…あれは何だったのか…。
『…やっと、分かった気がするわ。』
あまり喋らないカゼノイシが、珍しく話しかけてきた。
「…あれは何だったの?」
『あれは、
私
の目』「あなたの?」
『そう。アマノイシは仰った。私達が「人の目」を持ったと同時に、あなた達は「神の目」を持ったのだと…。』
「あれが、神の目…。これから、私はどうなってしまうの?」
『それは…私にも分からない…。』
そう答えたカゼノイシだったが、ある程度は予想がついていた。そして、フーナがいずれ知る事も分かっていたのである…。
暫く風に当たっていたフーナだったが、ふとその風の中に、懐かしい匂いを感じた。
「…ミツ?近くに来ているの?」
その匂いの元をたどって振り向くと、そこはクナルが弓で襲われた、あのアスナ峰の方角からだった…。
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アスナ峰で戦が行われようロしていた頃、首都メッキでは、緊急の軍議が行われていた。
「どうして、そんな事が?!どうやって川を渡ったのだ?」
「ありえぬ!誤報だ!」
「しかし、あと一ヶ月もすれば、ここメッキに到着すると…。」
「もしかして、トステが新しい船でも作ったのか?」
「それにしても、なぜ今まで気づかなかったのだ…。」
怒号が飛び交う中、ゴンガは元帥の名代として、部屋の奥の中央に座っていた。
ゴンガは、どうしようもなく苛ついていた。結局のところ、ナッカは攻めるのには長けていても、守る事には慣れていなかったのである。ただただ動揺し、責任を擦り付け合い、誰もが保身に走っていた。
『何が…戦士だ…何がナッカの男だ…。』
ゴンガは、心の中で怒りをため込んでいた。隣に座っているムタイは、こういう時には発言しない。自分で責任を取りたくないからだ。我関せずの体で、軍議自体を聞いているかどうかも怪しいものだった。
ムタイは、クナルが東の遠征に旅立ったのを機に、まるで
元帥がいないかのように
、やりたい放題で、軍議以外の会議でも、兵士の報酬を倍にする法案や、ドガの権限の拡大を、無理やり他の武官や文官達に認めさせていた。恐らくゴンガのように家族を人質にしたり、金を渡すなどの飴と鞭を使い分けていたのだろう。ゴンガはもう我慢の限界に来ていたのだった。軍議は、何も建設的な意見が出ないまま、その野次の矛先は、ゴンガに向けられていた。
「大将は、いかにお考えか?!」
「こういう時にこそ、大将が旗振りをするべきであろう!」
「やはり、ゴンガ殿には、大将が早すぎたのではないか?」
「ネスロ中将あたりが、適任だったのでは…」
「ゴンガ大将、是非ともその手腕をお見せいただきたい!」
方々から、ゴンガに対する非難の声が上がる。それを聞いていたムタイは、笑いをこらえるように口を押え、座ったまま腕組みをして発言した。本来であれば、その態度は大将の前では失礼にあたる。それでもゴンガは耐えていた。
「まあまあ、皆の者。ゴンガ殿も実力で大将になられたのだ。私はその腕を高く買っておった。だが…最近のゴンガ大将は、私の助言が無ければ、どうにも動けないようだ。従って、私の見込み違いはお詫びしよう。」
そう言うと、悪びれた風もなく、腕を組んだまま少しだけ頭を下げた。
「…まあ、ナッカ以外に
家族
をも守らなければならないゴンガ殿にとっては、いささか荷が重すぎたやも知れぬな…。」ムタイは、椅子から立ち上がり中央に進んだ。そしてわざとゴンガの前に立ち、ドガに対して両手を広げる。
「ドガ諸君!ナッカはかつてない未曽有の危機にある!クナル元帥もいない今、新たな元帥代行として、私が指揮をとる!皆、私の…」
ムタイは、一世一代の台詞を最後まで言う事は無かった。口から血の泡を吹かせ、ムタイ自身何が起きたのか分からないまま、その命の火は消えていった。
崩れゆくムタイの後ろから現れたのは、血走った眼をして、血だらけの剣を持ったゴンガの姿だった。
「…大将の前に立つとはいい度胸だ…。『ナッカの人間は、同じ国の者に剣を向けてはいけない』だと?…フッ、そんなもの糞くらえだ。文句がある奴は、かかってこい!誰でも!何人でも!相手してやるぞ…。」
ドガ達は、誰一人口が聞けなかった。
その日、首都メッキではトステ軍を迎え撃つための配備が滞りなく行われた。それは、首都メッキに住む兵士以外にも武器を持たせ、女性であろうと子供であろうと強制的に戦に参加させるものだった。勿論、それは兵士達の望んだ戦い方ではなかったが、その決定は覆らなかった。なぜなら、それを提案したゴンガに、誰も反論出来なかったからである。ゴンガは既に以前のコンガではなくなっていたのだった…。