第2話 ナッカ国のカチ②
文字数 2,250文字
カチとヌイトは、徳利の絵が描いてある一軒の店の暖簾をくぐった。
「親父、久しぶりだな。」
カチが店主に声をかけると、大喜びして店主が出迎えた。
「これはこれは棟梁!よくお越しくださいました。どうぞどうぞ、今日はいい魚が入ってますよ。」
「おお、この時期に良く手に入ったな。」
「そうなんですよ。殆どの漁師が兵役に持ってかれちまってるんで貴重ですよ。煮つけにしやしょうか?」
「そうだな、頼む。」
隣国のトステとは地続きの場所もあったが、主に大きな川で分断されていた。また、海に面している所もあり、港もまた警戒するべき場所であった。近年トステは、改良により以前よりも飛距離が伸びた「投石器」を船に乗せ、ナッカの主な港を破壊しに来ていた。彼らの狙いは、主に停泊してある軍船や港自体を破壊することによって海からの攻撃を防ぐ事にある。その為、滅多に上陸はしてこないが、ナッカ軍は船や港を石で破壊される前に乗船して戦い、少しでもその攻撃を止めさせようとしていたのだ。その乗船作戦に借り出される兵士は、主にそこの漁師が中心となって集められていたのである。
ヌイトが苦々しい顔で、酒を飲む。
「乗船作戦も、あまり上手くいってないみたいでな。乗り込むためにはトステの船の近くまで行かなきゃならんらしいが、その前に気づかれて石でドッカンさ。ナッカの戦い方らしくねえが、夜襲作戦しなかいそうだ。」
「確かに寝込みを襲うなんざナッカの戦い方じゃねえな。」
そう言うと、カチはため息をついた。ナッカの男達は、実力勝負を好む。お互いの力を出し合う事が戦の場でも求められていた。だがトステは国力を背景に改良した武器などを使う為、己の力を発揮できないまま、死んでいく兵士は多かったのだ。
「それからな、カチ。どうやら『クイ』の奴らが上陸したって噂も聞く。」
「クイが?」
ヌイトの話によると、トステの海からの攻撃の際、その船から一艘小舟が出され、近くの海岸沿いに着岸したとの目撃があり、乗っていたのはトステの影の隠密部隊『クイ』ではないかとの噂があるというのだ。
「何故、クイだと言われてるんだ?」
「乗船作戦を指揮するはずだったドガのタズ将軍が、着任早々暗殺されたって話だ。詳しい事は俺にも分からねえが、全くトステの奴ら卑怯なことばかりしやがる。戦うなら、正々堂々と戦えってんだ。」
そう言うと、ヌイトは机を叩いた。ヌイトの父親はトステとの
そんな事を感じながら、最近の情勢についてヌイトと語り合っていると、通りの方で何やらざわめく声が聞こえてきた。
「ん?何の騒ぎだ?」
カチが通りの方に目を向ける。すると遠くから半鐘の音と共に、「火事だあ~。」と叫ぶ声が聞こえてきた。一足先に通りに出て様子を窺っていた店主が、慌てて店に走り込んでくる。
「棟梁、鍛冶屋の集落です!急いで!」
店主の声を聞くや否や、カチとヌイトは店を飛び出した。
集落の方角から、赤い光が見える。一瞬その光に唖然としたヌイトをカチがけしかけた。
「ボーっとするな!行くぞ!」」
二人は、力の限り走り続け集落まで着くと、その変わり果てた姿に言葉を失った。
殆ど全ての鍛冶屋が全焼し、まだ燻ぶる建物の傍には、真黒な人間の変わり果てた姿が至る所に転がっていた。肉の焼ける匂いと煙で、二人に吐き気が襲う。ヌイトはその場に跪き、吐きながら嗚咽していた。カチは生きてる人間を探そうと声を上げる。
「誰か!誰か!生きてる者はいないか?」
すると、建物の影から呻くような声が聞こえてきた。慌てて声のする方向に近寄ると、血だらけの鍛冶職人が倒れている。カチが助け起こすと、その職人はカチの着物の袖をつかみ、途切れ途切れではあったが、必死にカチに訴えた。
「トステ…クイだ…。…突然襲ってきて…火を…。逃げろ…殺され…。」
そう言うと、カチの腕の中で力尽きた。
カチは辺りを見回す。これはただの火事ではない。放火だ。しかも確実にこの集落の人間を殺しに来ている。よく見ると、他の死体も切り付けられたような跡を見ることが出来た。火事の混乱の中、職人達を殺していったのだ。
「ヌイト、しっかりしろ!敵がいる!」
泣いていたヌイトも気を取り直し身構える。『クイか?』カチがそう思った瞬間、黒い人影がどこからともなく現れた。
カチの長い夜はまだ始まったばかりだった。