第5話 男同士
文字数 2,683文字
崖下へ落ちたと思われたミツとフーナだったが、カチが二人の場所が分かると言う。
「何故わかる?」
「体温だ。人の体温…熱を感じる…この下から…。」
「それも火の能力か?」
「俺も今まで気づかなかったさ。ここが異常に寒いから分かるのかもしれない。」
カチとオングは慎重に崖を降りながら、ミツとフーナのもとへと急いだ。風は相変わらず吹雪いていた為、オングは寒さに凍えそうになり、手や足の感覚も無くなりそうになっていた。
「カチ、その力でこの寒さは、どうにかならんのか?」
「そうか、お前は寒いよな。俺はさっきから自然と体温調節できてるみたいだ。」
「おいおい、そりゃないだろ。」
「どうすりゃいいんだ?…えーっと、さっきお前、感情って言ったよな。」
「そうだ。どうすればいいかは俺も良く分からんが…。」
「一番は『怒り』かな…。」
カチが少し足を止め、何かを考えこんでいるようだった。
すると周りの空気が熱くなり始め、崖に張り付いていた氷や雪すら解け始める。
「まてまて、それ以上は危ない!下手すりゃ雪崩が起きるぞ!」
慌ててオングがカチを止めると、カチは温度を調節し始めたのか、解け始めた氷がまた凍り始めた。やがて、二人のいる空間だけが少し暖かい、ちょうどいい空間になっていった。
「こんな感じか?なんとなく分かって来たぞ。」
「すごいな。俺なんかは全く役に立たないな。」
オングがそう言うと、カチは笑った。
「土ってのは、分かりずらそうだな。」
「ああ、さっきから何が出来るか考えてるんだが、全く分からんし、どんな感情でいればいいかも分からん。」
「そのうち分かるんじゃないか?あの爺さんも危機に対した時に分かるって。」
「そうだな。」
暫く、無言で崖を降りていたが、やかでカチから話し始める。
「…あまり、喋らないんだな。」
「そうか?俺は普通だと思っているが…。喋っても平気なのか?その温度の調節とか…。」
「大丈夫だ。一度感覚を掴んだら維持するのはそう難しくないな。心のどこかで、その感じを忘れないでいればいいだけだ。」
「そうゆうもんなのか。ガイダルたちは難しいと言っていたが…。」
「もしかしたら、それが俺達と婆さん達の、能力の違いってやつかもしれないな。さっきのフーナは、その感覚を全く無くしてしまったんだろうよ。」
「なるほど。」
「…ところでオング、お前兵士か?」
オングはドキリとしたが、落ち着いて聞き返した。
「どうして、そう思う?」
「気配かな…。隙が無い。」
「まあ…そうだ。」
「…そうか。トステの兵士は対して強くないと思ったが、お前みたいな奴もいるんだな。」
「復讐…したいって、言ってたよな。」
「…俺は、
「…カチ、お前は強いな。」
「強くはない。復讐したいって気持ちを持っていなければ、生きられなかっただけだ。それに…本当に強ければ、お前を
ここで殺したい
とは、少しも思わないだろうよ。」「!」
オングは言葉を失った。
「…気づいていたよ。最初に会った時から…お前はクイで、俺の仲間を殺した奴なんだろ?その気配、忘れるわけがない。お前も最初から分かってたはずだ。」
「…カチ…お前に殺されるなら、俺は構わない。」
「…そういう男なんだな。…確かに、殺したいと思ってる。だが、お前からそれぞれの国を明かそうと言い出した時に、ああ、こいつは覚悟してるんだと思ったよ。いつか俺が気づいても、それを受け入れるつもりだと。」
「今は殺さずとも…旅が終わったなら、この命お前に預けよう。」
「馬鹿にするな。俺はナッカの男だ。殺したい気持ちはあるが、会う時は戦場だ。」
「カチ…。」
「逃げるなよ。その時は正々堂々と勝負しろ。」
「…分かった。」
「どうせなら、お前の事話せよ。クイの人間がどういう奴なのか、知るのも悪くない。」
「じゃあ、お前も話してくれ、その眼の事や仕事の事…。」
それから二人は、お互いの事を話し始めた。カチは、右目を失った時の戦の様子、鍛冶の仕事、それからオングが殺したヌイトの事も隠さず話した。オングはクイになるまでは自分が孤児で、拾われて訓練を受けた事、クイの仕事の事、そしてノアの事などを話す。二人は何も隠さなかった。それがお互いの誠意だと思ったからだった。話していくうちに、二人共に気持ちが軽くなるような感覚を覚える。特にオングは、他人に自分の事など話したことはなく、話し終わった時には、足取りさえ軽くなっている自分に驚いた。
「もうすぐだぞ。二人が近い。しかし…参ったなあ」
カチがそう言うと、下を指さした。そこには岩がせり出していて、その岩までは自分達のいるところから10m位下に位置する。厄介なのが、そこまでは何もなく、飛び降りたとしても、次に上がってくることが困難だと思われた。カチは悩み、オングに相談する。
「どうする?問題は帰りだよなあ…。ウワッ!」
突然、カチが滑り落ちた。咄嗟にオングは手を差し伸べるが、カチから出された左手は、指が二本無いせいで、今にもオングの手から滑り落ちそうだった。
「カチ!ダメだ両手をよこせ!このまま落ちたらダメだ!」
カチの滑り落ちた体は、せり出した岩の方には無かった。そのまま落ちたら崖下へ真っすぐに落ちてしまう。しかし、カチの右手は岩場を掴んでいた。カチにしてみれば、その右手を動かせば、すぐにでも落ちてしまうような状況だ。
「オング、さすがに無理そうだ…。お前と戦いたかったけどな…。」
諦めたようにそう言うと、カチの左手が滑り落ちていく。もう駄目だと思った時、オングは突然、頭の中で何をすればいいかが分かった。
『ゴゴゴ…。』
音と共に、カチの足元に新たな岩が横からせり出して来る。カチは難なくその上に足を降ろし、ストンと立った。
「オング…どうやったんだ?」
「…分かった気がする。言葉にするなら『包容力』とでも言うんだろうか…。それをお前に向けて増幅させただけだ。」
「なるほどな。地面を変形できるのか…俺より役に立つんじゃねえか?これで道行きが楽になる。もっと早く気づいてくれよ。」
カチがそう言って笑うと、オングも苦笑した。
「あ!オングさんに、カチさんだべ!あたいらここにおるで~!」
ミツの嬉しそうな声が、コルナスの山々に響いていた。