第9話 ナッカ国のフーナ③
文字数 2,111文字
「座長!デング座長!しっかりして!すぐにこの場を離れて、その剣を私に渡して!」
「フーナ…。」
「いいから早く!」
フーナがデングから血でぬれた剣を奪い取ると、近くで震えていた座員に指示を出す。
「クイのせいにするのよ。あなたは、大声で『クイにタズ将軍が殺されたと』言って触れ回ってちょうだい。」
「でも。フーナ。そんな事をすれば、すぐに人が集まってしまう。まだ何人か兵士達も残ってるのよ。」
「いいのよ!それから、あなたの着ているものを渡して!」
座員は、一座の裏方だったため、着ていたのは黒装束だった。
「あなた、まさか…自分が囮になるつもり?」
「そうよ。私なら出来るわ。それしか方法が無いのよ!早く!」
一瞬躊躇した座員だったが、着ていたものを急いで脱ぎ、フーナに渡す。フーナもまた、自分の着ていた物を座員に渡した。
「フーナ…そんな事させられない。私がお縄につけばいいんだ。やめておくれ…。」
デングが泣きそうになりながらフーナを説得するが、フーナは頑として聞かなかった。
「座長、あなたは一座を守らなければ。大丈夫。私は切り抜けて見せる。またどこかで一緒に…。」
フーナ言葉を切った。タズを探す兵士の声が聞こえてくる。
「さあ、行って!」
デングは座員に引きずられながら、その場から離れた。程なくして、座員の「クイが将軍を殺した!」という声が聞こえてきた。フーナは黒い頭巾で顔を隠すと、兵士達が来るのを待つ。フーナは冷静だった。
『ここで、クイがこの場から逃げる姿を見せることが肝心だわ。そうでなければ、まかり間違えて座長か若しくは死んだチルミに嫌疑がかかる可能性がある。そんな事は絶対にさせない。』
兵士の一人がフーナを見つけた。
「いたぞ!クイだ!」
その声を聞きつけ、何人かの兵士がフーナを取り囲んだ。そして、一斉にフーナ目掛けて飛びかかる。その瞬間、フーナは兵士の一人の肩に飛び乗り、更に反動をつけて空中を一回転すると、その包囲から抜け出した。兵士達は相打ちになりそうになるのを寸での所で回避すると、フーナを追いかける。
「そっちに行ったぞ!」
兵士の合図で、近くにいた兵士達もフーナに次々と襲い掛かった。フーナは交わしつつ、海へと向かう。兵士達が酔っていたのも味方してか、フーナは鮮やかに攻撃をかわしていった。だが、あまりの人数の多さに、フーナの体力も限界に来ていた。そして、海について少し油断した瞬間、一人の兵士の剣がフーナの腕に当たる。フーナはその衝撃で持っていた剣を取り落とし、そのまま海へと落ちていった…。
ーーーーーーーーーーーーーーー
フーナは、泳ぎ着いた海岸の岩場にしばらく身を隠していた。海に落ちて、死んだと思われたのか、兵士達が追ってくることはなかった。腕の傷は浅かったが、切った相手はそれなりの手応えを感じてくれたのだろう。フーナにとっては幸運だった。
追ってこない事が分かると、フーナは深呼吸して、空を見上げた。海風が濡れた体に容赦なく吹き付けてくる。震えながらもチルミの事を思った。
恐らく、チルミの亡骸は見向きもされず、タズの亡骸だけが丁重に葬られ『クイと戦った勇敢な将軍』として立派な葬式をあげる事になるだろう。チルミを殺して犯していたなどという事は、一切表に出る事もない。『誰も助けちゃくれない。殺されても文句も言えない。でもそれじゃあ、その辺の犬や猫と同じじゃねえか…。』デングが言った言葉が思い出される。なぜ、こんなにも扱いが違うのだろう?同じ人間なのに、自由な人間は、人間である事すら許されないのか…。フーナは呟いた。
「風が冷たい…。チルミ…あなたも冷たかった…。」
『寒い?』
突然の
声
にフーナは思わず身構えた。でも人の気配はしなかった。『大丈夫よ。追っ手ではないから。あなたなら感じることが出来るでしょう?風と共に舞えるあなたなら…。』
不思議な事ではあったが、フーナは声の主が人間ではないとすぐに気がついた。むしろ、常に感じていた気配だった。
「あなたは風?」
『そう。私はカゼノイシ。あなたは私を感じながら舞っていた。すぐに気がつくと思っていたわ。』
カゼノイシは、明確な形を見せずにそのままフーナに語りかけた。
『あなたは人間を救いたい?』
「…それが、どういう意味なのか分からないけど…ナッカやトステの人間ならどうでもいいわ。」
『…そう。では人間が滅びてもあなたは後悔しない?』
「そんな大それたこと考えたこともない。」
フーナは力なく笑ってカゼノイシに答える。
『でも旅芸人達は、あなたにとって大事な人たちなのね。命をかけるほど…。』
「そう。私にとって大事なのは彼らだけ…。」
『では、一年後、コルナス山脈に向かいなさい。彼らを助けるために。風の担い手のフーナ、私はあなたと共にいるわ。』
すると、風が変わった。冷たかった海風は心なしか温かく感じられ、フーナはそのまま深い眠りに落ちていった。