第6話 早馬
文字数 1,661文字
「クナル元帥に申し上げます。首都メッキにトステの軍が進軍している模様です。」
「進軍?どういう事だ?コルナス側からか?」
「違います。ケルト川のほぼ中流、メッキの南西側からです。」
「…ありえぬ。」
元帥と同様に、部隊はどよめいた。今まで、ナッカはトステの進軍を許したことは無い。コルナス山脈麓であれば、まだ分からなくもない。ナッカもそれを見越して、コルナス山脈付近にもドガの将軍達を派遣していた。だがケルト川はあまりに大きく流れも速い為、船で渡る事すら出来ない。それは周知の事実で、どう考えてもメッキの南西から上陸することなど不可能なのだ。
「…それが、降って湧いたようにトステ軍が現れたと…現地の人間の報告でして…いまだ詳細は分かりませぬが…事実であれば一大事ゆえに、ご報告に参りました。」
「ふむ…。」
カチはその報告に、ピンと来ていた。そのありえない状況を作り出したのは、オングしかいないと。ミツが川の流れを弱めることも出来るだろうが、それよりも、オングが地面を持ち上げ、川をせき止めない程度に道を作ったのではないだろうか…そうすれば、軍はそのまま地続きで移動出来る。カチはそう思った瞬間、クナルに提案した。
「恐れながら、クナル元帥。私めにその真偽の程を確かめさせて頂けませぬか?」
「お前は、確かカチ少将だったな。」
「は。ゴンガの竹馬の友でもございます。今まで私は元帥に隠していた事がございます。」
「ほう。咎めぬゆえ、話してみよ。」
「私は、火が操れます。」
「何?…誠か?」
その時、クナルはフーナの話を思い出していた。四神の事、そして四人の選ばれし者の事…彼は、ヒノイシと共にあるのではないかと直ぐに思ったが、周りのドガ達に知られるわけにも行かず、知らぬふりをするしかなかった。
「今、その証をお見せします。」
すると、近くにあった枯れ木に向け、カチは手をかざした。すると、あっという間に木は燃え上がり、真黒な炭となってしまったのだ。ドガ達は驚くが、クナルは表情を変えなかった。
「…して、お前はどうするつもりなのだ?」
「は。私一人でも、大した兵力でなければ殲滅は可能です。メッキ南西のトステ軍殲滅。私にお任せください。」
クナルは、後悔した。もっとカチと話しておけば良かったと。カチとフーナの考え方は全く逆であるとカチに言っておけば、考えを変えたのではなかろうかと…。だが、ここでは、カチの提案を飲むしかなかった。
「カチ少将…無理はするな。厳しいと思ったら、命を落とす前に私の下へ戻ってこい。私もここにある程度けりがついたら、すぐに後を追う。お前は時間稼ぎをするだけで良い。」
「しかし…。」
「分かっておる。…頼む、察してくれ。」
「は、は。」
カチには、クナルが何を言いたいのか、その意図が分からなかった。だが、自分を心配しての言葉だと無理やり理解した。しかし、クナルは『戦うな。』と心の中で必死に訴えていたのだった。
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アスナ峰を後にし、カチはケルト川沿いを上流に向け、馬を走らせた。普通に移動すれば二ヶ月近くかかる道のりだが、カチは僅か二十日程で、問題の場所までやってきたのだ。そこにはオングが作ったと思われる、川の中に隆起した地面が、至る所に見て取れた。飛び石のようにしてあったのは、川の流れの勢いを逃がす為だろう。人が飛べるぐらいの間をあけてあり、この飛び石を利用してトステ軍が進軍したのだとすぐに分かった。
そしてカチは、川の中央の隆起した岩に、見えてはいなかったが、人がいる事に気がついた。
たった一人だったが、その人間から発している熱は、カチが良く知る人物だったのだ。
「…オング…お前か…。」
カチは、オングとの避けられない戦いを予感していた…。