第12話 トステ国のオング③
文字数 2,384文字
使われなくなった坑道の前で、子供達がノアを虐めていた。
「お前、喋れねえくせに、偉そうに睨むんじゃねえよ!」
数人の子供達が「そうだ、そうだ。」と言って同調する。そう言ってノアの体を押し合い、地面に叩きつけた。ノアは無抵抗だったが、目だけは子供達を睨んでいた。
「それだよ。その目。ムカつくんだよ。」
「母ちゃんが言ってたぞ。お前が来てから、
いし
が取れなくなったって。」「そうだ。うちの父ちゃんも言ってたぞ。鉄鉱石ってのが取れなくなったのはノアが来てからだって。」
「うちの父ちゃんも言ってたぞ。」
口々に、言われのない疑いをノアに浴びせ、地面に倒れているノアを蹴りつける。
「お前のせいで、うちはどんどん貧乏になるんだ。母ちゃんの乳だって出てこなくなっちまって、弟は毎日泣いて、寝れねえんだよ!」
「うちだって、父ちゃんが酒ばっか飲むようになっちまって。オイラが殴られるんだ。」
子供達は、先日ツバイが言ったように親の苛立ちを受け、それをノアにぶつけていたのだった。
そんな中、ある子供が提案した。
「そうだ。お前、鉄鉱石見つけて来いよ。そしたら、許してやるよ。」
「そうだ!それがいい!」
「見つけて来いよ!」
子供達も、毒ガスの事は知っていた。坑道の奥は毒で人間が入れない。だから、仕事が出来ないと親から聞いていたのだ。勿論、子供達はノアが鉄鉱石を本当に見つけに行くとは思っていなかったが、ノアは立ち上がり子供達を睨むと、目の前の坑道に入って行く。
驚いた子供達は、言った手前止めることも出来ずに、その姿を見送るしかなかった。
「へ、へん。見せかけだよ。すぐ泣きながら戻って来るさ。」
一人の子供がそう言うと、他の子供達も引きつった笑いを浮かべながら、坑道の奥に向かうノアを見ていた。しかし、その姿が見えなくなり、暫く経ってもノアが戻って来ないと分かると、子供達に徐々に不安が広がり始めた。
「…お、おれ。帰らなきゃ。」
「おれも…。」
一人、また一人とその場から逃げるように子供達が帰りだすと、坑道の前には誰もいなくなった…。
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夕暮れ時、オングはノアを探していた。いつもならオングより先に帰ってきている筈のノアがいない。今までにそんな事はなかったので、オングは不安にかられた。近所に聞きに行くが、誰も知らないと言って、全く手掛かりがつかめなかった。だが、ある家にノアの行方を聞きに行った時、そばにいた少年の表情に違和感を覚え、念のためその少年にも尋ねる。
「君、何か知らないか?」
「え?」
少年は、怯えた表情でオングを見ると、すぐに視線をそらした。やはりと思い、優しく聞く。
「どこかで見かけたんじゃないか?場所だけ教えてくれればいいんだ。」
恐らく、この少年はノアを虐めていたのだろう。それを知られたくないと思い、喋らないのだ。だったら、その事に触れずに問い詰めればいい。
「…裏山の…坑道の前で、見た…かもしんない。」
「ありがとう。」
オングはそう言うと、すぐさま坑道に向かった。
ノアはケガをして動けないでいるのではないかと、オングは思っていた。だが、坑道の前に着いた時、そこにノアの姿はなかった。坑道の周りをくまなく調べてみるが、ノアはいない…というより、人の気配が全くなかった。クイであるオングに分からないわけがない。
すると、先程場所を教えてくれた少年が、ひょっこりと姿を現した。そして、わなわなと震えだし、うずくまってしまったのだ。オングは少年に駆け寄る。
「どうした?一体何があったんだ?」
少年は震えながら、昼間のいきさつをオングに話した。話を聞いたオングは真っ青になって、坑道に入って行く。
「オイラのせいじゃないよ!オイラが言ったんじゃないよ~!」
後ろで少年が、叫びながら走り去って行ったが、オングは構わず坑道の奥へと走った。走りながら、口を手ぬぐいで多い、少しでも毒を吸わないよう気を付けながら、ノアの無事を祈っていた。
坑道は真っ暗だったが、夜目の利くオングには、足止めにもならない。岩や石が転がっている暗がりの坑道を、飛ぶように走り続けた。坑道のかなり奥まできた時、オングはすぐに人の気配に気がつく。ノアが倒れていた。慌ててノアを抱き上げ、声をかける。
「ノア!ノア!」
まだ息はあるが、その息はいまにも消え入りそうだった。ここに長く居てはいけない。そう思ったオングは、ノアの口に自分の手ぬぐいをあて、懸命に入り口に向かって走った。少し毒は吸ったようで目眩いがしたが、そんな事を気にしている場合ではなかった。
入り口に着き、ノアを草むらに降ろすと、再び呼びかける。
「ノア、起きろ!ノア、ノア、しっかりしろ!」
頬を何度も叩いて、ノアを目覚めさせる。しばらくすると薄く目を開け、ノアがオングを見つめた。だが、その顔色はどんどん土色になっていき、オングはどうしていいか分からなかった。
その時、ノアの手には石が握られていた。鉄鉱石でもなんでもない小さな石だったが、黒く輝いた綺麗な石だ。ノアはその石をオングに見せながら力なく笑う。
「これ…あげる。母ちゃんに…会いたい…。父ちゃんにも…。やっと…会えるね。」
初めて聞いたノアの声だった。そして、最後の声だった。
ノアの手から石がこぼれ、オングの腕の中でノアは静かに死んでいった。この時初めて、オングはノアの気持ちに気づく。この少女は死にたかったのだ。死んで両親に会いたかったのだ。夜毎、包丁を見つめていたのは、オングを殺すためではなく、
自分を殺す
ためだったのだと…。オングは、ノアを抱きしめながら、声も無くいつまでも泣いていた。