第10話 オングとツチノイシ
文字数 2,154文字
『分からぬ。カゼノイシとも話したが、あやつも分からぬと言っておった。そもそも毒は土から発生しているらしい。』
オングは、坑道の入り口に立ち、ツチノイシと話していた。
ノアが死に、時が流れ年も明けていた。ノアを亡くした悲しみは消えなかったが、オングは日々鉄鉱石を掘っていた。鉄鉱石の採掘は町の為にもどうにかしなければならない。そうしなければ炭鉱の町は滅びてしまうだろう。既に炭鉱夫は次々と町を去り、残る者は僅かだった。それでも多少の鉄鉱石は掘り出せてはいたが、掘りつくすのは時間の問題だと思われた。問題は、この
人間にだけ
害があるという毒ガスで、そのせいで新しい坑道を掘ることが出来なかったのだ。『だが、心当たりがないわけでもない。』
「何だ、それは?」
『お前だ。』
「え?」
オングは驚いたが、ツチノイシは構わず話し続けた。
『我は、ずっと考えていた事がある。四神がなぜ人の目を持つことになったのか?そしてなぜ、我はお前の目を持ったのか?…だが、お前と会って少しだけその理由が分かってきた気がする…。』
「どういう意味だ?」
『お前は土の意思を持つ人間だからだ。もっと言えば、我の目は
お前でなければならなかった
のだ。だからこそ意思疎通を図ることが出来た。この毒は、土からくるもの。土の毒物が空気に溶けガスとなっている。私と関係が無いわけがない。だが、我にはその原因が分からぬ。だとしたら、土の意思を持つお前に関係しているとしか思えないのだ。』「俺のせいだと言うのか?」
自分はただの人間だ。自然に対して自分が何か影響するなどと、オングは考えたこともなかった。
『正確に言えば、お前の心だ。』
「心?」
『我ら、四神にも人の言うところの「感情」がないわけではない。ヒノイシは人の言う「怒り」に似た感情を持ち、ミズノイシは「優しさ」、カゼノイシはちょっと分かりにくいが、流れに身をゆだねる「自由」な心とでも言えばいいのか…。そして我は恐らく人の言う「冷静さ」に近いのかもしれぬ。だがな、我らであってもその感情が、時折暴走することがある。』
「暴走?…すると、どうなるんだ?」
『そうだな…例えば、ヒノイシが「怒り」を暴走させれば大規模な山火事を起こす。ミズノイシは滅多に暴走しないが、それでも「優しさ」を少しでも失えば、川が枯れる。風も「自由」過ぎると嵐が起き、我も「冷静さ」を失えば、山が崩れる。』
「たまったもんじゃないな…。」
『まあ、それでも単独で暴走するならまだいい方だ。何百年か前に、ヒノイシと少し意見が食い違った時は噴火が起きて、この大陸の東にアスナ峰が出来た。もし、四神同時に暴走したとしたら、何が起きるか我にもわからん。』
改めて四神の力を知ったオングは、だいぶ打ち解けてきたツチノイシもまた、神であることに改めて気づかされた。
「だが、その感情が俺とどう関係するんだ?」
『お前は、普段は冷静だ。熟考し行動する。だがお前はクイだ。人を殺す仕事をしている。』
「…そうだ。」
『勘違いするな。人間共が何をしようが我らには関係ない。人が死んでも、土にとってみれば肉体が肥やしとなるだけだ。問題はお前の感情もまた、土に影響を与えるのではないかという事だ。あくまでも推測だが…。』
「だが…私はもう十年以上、人を殺し続けている。何故今更…。」
『我と意思疎通が出来たのもあるだろうが、感情で異変が起きたとするならば、恐らくノアの存在が関係しているのではないのか?ノアと暮らし始めたのは一年以上前と聞いた。毒もすぐには見つからぬ。恐らくはお前がノアと出会った頃から異変は起き始めていた…そう思うのだが…。』
そこまで聞いて、オングは思い当たることがあった。確かにノアと暮らし始めてから、クイの仕事に嫌気がさしていたのだ。それまでは、疑問を持っていても「トステ国の為」と割り切っていた所もあったのだが、ノアに出会ってから、人を殺す度に『罪悪感』という気持ち悪さを感じていた。だが、その感情が本当に自然に影響を与えるのか?人間の感情が?
『どうあれ、確かな事は言えない。我の予想でしかないのだからな。それを知る為にもコルナスへは行くべきだと思う。』
「…そうだな。」
コルナス行きはオングもそのつもりでいた。子供達の未来を守る。これは、オングがクイであってもなくても変わらない、オング自身の希望でもあった。しかし、そろそろコルナスへも向かわなければならなかったのだが、この町の存続が気にかかっていたのである。
『オングよ。この町が心配なのは分かるが、もしお前に原因があるのであれば、今はどうすることも出来ない。町を救いたいなら、旅支度をするべきではないのか?』
ツチノイシの考えにオングも異議はなかった。それしか解決策が見当たらない。それでも、しばらく坑道の前で立ちすくしていると、オングは人の気配に気がつく。だがそれは、オングのよく知っている気配だった。
「どうした?トヌマ。」
「流石だな。どうやってもお前には気づかれてしまう。」
苦笑しながら茂みから出てきたトヌマは、少し疲れた表情をしていた。