第6話 ミツ、センゴクへ

文字数 2,194文字

マルナとは侍女を介さずとも、ミツは話が出来るようになっていた為、水麗宮にある庭園で、マルナとミツとトヌマは散歩と称し三人で会談する事が出来た。
マルナに今までの経緯と皇室から逃げる事、ミツの代わりになる事などを話す。ミツは皇室のお妃様が平民に扮するなど抵抗があるだろうと心配していたが、マルナは予想外の反応をした。

「殺されたらかなわないもの、仕方ないわ。それに、少し胸も高鳴ります。」

そう言うと、楽しげな表情を見せ、二人を唖然とさせた。

「しかし、トヌマ。お前も良く打ち明けてくれました。クイである事は…実は薄々気づいてはいたの。スミナル様とお話している際に、まだ私がお話してない事でもご存知のようだったから、間者(かんじゃ)がいる事は予想がついていたわ。だとしたら、あなただろうと…。」
「申し訳ありません!マルナ様の父君に恩ある立場でありながら、騙すような真似をしてきました。」
「いえ、それが仕事ですものね。本来なら今回も仕事として考えるならば、貴方は私を殺していたでしょう。その考えを変えたのはミツ…あなたね。」
「え?」

ポカンとしたミツにマルナは笑顔で話を続けた。

「貴方が来て、私も嬉しかった。誰に対しても、一言発するにも気を付けなければならない立場というものは、とても息苦しいものよ。でも貴方の前では私は自分らしくいられたの。そして、その思いは私だけではなかったはず…。」

マルナはそう言うと、トヌマを見やった。トヌマは僅かに笑みを浮かべていた。

「あたいは、なんもしてねえけんど…。」
「いいのよそれで…。」

マルナはニッコリとしたが、すぐに妃の顔に戻った。

「トヌマ、スミナル様には、この事を伝えると言っていたわね。」
「は。マルナ様におかれましては、とりあえず行方不明という事でお逃げいただき、停戦に至ったあかつきには、皇室にお戻りいただく事になるかと。」
「スミナル様は、きっとお分かり下さると思います。ですが…気の弱い方でもいらっしゃいます。出来れば、私も陰ながらスミナル様をお助けしたいと思うのですが…。」
「残念ながら、今はマルナ様がお逃げになる事こそ、スミナル様をお助けする事になるかと思われます。」
「…分かりました。では、早速逃げましょう。」
「え?」「え?」

トヌマとミツは殆ど同時に驚いた。何の段取りもしていない。だが、意外とその方が良いかもしれないと考え直し、そのまま三人は皇室から抜け出す事にした。
マルナは侍女に扮し、ミツとトヌマの付き添いのように大門から堂々と皇室を出る。
拍子抜けするほど簡単に、マルナは行方不明になったのだった。

マルナがミツの住まいに到着しても、のんびりとはしていられなかった。辺りは薄暗くなっていたが、朝になり皇室が慌ただしくなる前に、全てを終わらせなければならない。ミツが(おも)だった職人達を集め、マルナに会わせる。職人達はあまりの事に驚いたが、暗殺からマルナ様を守る為にミツに扮する作戦を聞き、それがマルナ様をお助けする為であり、尚且つトステを守る為でもあると分かると、彼らは快く協力を約束した。職人達もまた、長く続く戦に疲弊していたのだ。だが、トヌマの助言で、ミツの詳しい事情は伏せておいた。アマノイシに会いに行くと言っても、信じてもらえないだろうと言う事もあったが「人には神がいない」という事を、全てのトステの人間が受け入れられるかどうかは分からない。また、「神の加護を受ける天子様の為」という大義名分があった方が、職人達もまとめやすいと判断したからである。それはマルナにおいても同じで、ミツの事情だけはマルナも知らなかった。ミツの北への旅は、あくまでもマルナの為であり、しばらく身を隠すという作戦の一つだと全員には説明し、皆納得していた。

トヌマは早朝皇室へ戻り、捜索隊を組む予定でいた。勿論、それは見せかけではあったが、護衛としては当然取らなければならない行動であった。
ミツも旅支度をする。既に北へと行く心を決めていた。出来ればトヌマの役に立つようなことをしたい。この時のミツはそう覚悟を決めていたのだった。だが、トヌマに暫く会えない事を心の奥で寂しくも感じていたのである。
空は白み、朝を迎えようとしていた。トヌマは馬を用意し、ミツに手綱を預ける。

「…くれぐれも気を付けておくれ。」
「トヌマさんこそ、お気をつけて。」
「…今度会うときは、その「さん」も無くしてくれないか?ミツ。」
「え?」
「ミツ、お前に会えなくなるのは辛い。だから本当は…コルナス山脈なんかには行かせたくない…。」
「あたいは…決めただよ。コルナスさ行って人間を救うって、それがトヌマさんの為でもあるって、そう思っただ…。トヌマさんは間違ってねえ。これ以上戦なんかしちゃいけねえだ。だから…。」

突然、トヌマはミツを抱きしめた。

「ミツ…ありがとう。お前のおかげで、私は世界が美しいと思えた。だから…。」
「トヌマ…。」

二人は、このまま時が止まればいいと思った。だが時は無情だった。

首都カナンはその日、妃マルナの行方不明に対し、大掛かりな捜索が始まった。
その頃ミツは、センゴクへ向け馬を走らせる。
センゴクへの道のりは過酷だったが、ある人との出会いがミツを救うのであった。
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登場人物紹介

アマノイシ(創造の神)

ヒノイシ(火の神)

カチの目を持つ

ミズノイシ(水の神)

ミツの目を持つ

カゼノイシ(風の神)

フーナの目を持つ

ツチノイシ(土の神)

オングの目を持つ

カチ(ナッカ国のカチ)

・鍛冶職人。右目に眼帯をしている。

・左手の指を二本失う(第1章第3話)

・仕事仲間のヌイトをクイに殺される。(第1章第3話)

・ヒノイシと共にある。

ミツ(トステ国のミツ)

・着物の染め師

・トヌマ(クイ)に好意を持つ(第1章第5話)

・幼馴染のカイヤの夫ロトが戦で死亡(第1章第6話)

・妃マルナのお気に入り

・ミズノイシと共にある。

フーナ(ナッカ国のフーナ)

・旅芸人一座の担い手

・同じ舞い手のチルミがタズ将軍(ドガ)に殺される。(第1章第8話)

・クイを装い逃亡中

・カゼノイシと共にある

オング(トステ国のオング)

・クイであるが普段は炭鉱夫。

・トヌマとは知り合い。

・鍛冶職人虐殺に加担。ヌイトを殺害する。

・養子ノアを失う(第1章第12話)

・ツチノイシと共にある。

ゴンガ(ナッカ国)

カチの友人。大将に就任する。

クナル(ナッカ国)

ナッカ国元帥。

ムタイ(ナッカ国)

元大将

ネスロ(ナッカ)

中将でムタイの腹心の部下

デング(ナッカ国)

フーナのいる一座の座長。娘チルミをタズ将軍(ドガ)に殺される

トヌマ(トステ)

・クイでオングの知り合い。

・マルナの護衛。

マルナ(トステ)

天子スミナルの妃

カイヤ(トステ国)

ミツの幼馴染。夫(ロト)を戦で失う。

ガイダル(センゴク村)

センゴクに住む老婆。

グイダル(センゴク)

センゴクに住む老夫

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