第5話 反乱分子
文字数 2,814文字
『クナルを殺せ。』
クナル失脚が叶わなかったムタイは、直接的な作戦に出たのである。ネスロは実力的にはクナルに敵うはずがなかった。だが、戦の最中に味方から攻撃を受けたとするならば、いかにクナルと言えども防ぎようがない。ネスロは綿密に計画を練った。
ナッカ軍がアスナ峰の中腹に来たところで、ネスロの計画が始まった。
「クナル元帥、私は、何人か引き連れ、東側からトステを攻撃したいと思うのですが、いかがでしょう?」
「東側?事前の打ち合わせでは、そのような事は申しておらなかったようだが…。」
「はい。私もこの地形を見て、今判断しました。真っすぐに攻撃するよりかは、挟み撃ちにした方が、トステの砦も難なく落とせるかと…。」
「…ふむ。」
「戦を早く終わらせるためにも、その方が良いのでは?こちらの死傷者も少なくて済むと思われますが…。」
クナルは、突然のネスロの提案に困惑したが、確かに傷つく者は少ないに越したことはない。
「…分かった。」
「人選もこちらで決めてよろしいですか?それほど主力を裂くつもりはありません。ドガ部隊からは私一人。あとは私の配下の兵士を連れていくつもりでございます。」
「よろしい。幸運を祈る。」
「は。」
ネスロは、笑みを浮かべたが、クナルにその顔は見えなかった…。
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フーナには考えがあった。それはクナルを中心とした
第三勢力を作る
事だった。ナッカともトステとも違う国を建国し、ナッカを内側から崩壊しようとしていたのだ。元帥であるクナルが動けば、ナッカ国内での分裂は避けられない。いずれ、カチやミツ、オングとも合流し、その新しい国で世界を一つにしようと考えていたフーナは『先ずは国を滅ぼす』相手として自国のナッカを選んだのだ。戦を好む国民性は、先々も戦を生む。そんな考えを残してはいけない。かといって、人に神はいないのに、それを信じるトステの国民性も変えねばならなかった。であれば、新しい国を作るしかない。その中心地としてアスナ峰周辺はむしろ良いと考えていた。この地の人間は、毎年のように戦によって多くの死者を出す。『戦を無くす』提案をすれば協力する人間も多いのではないか…。先ずはこのアスナ峰の戦を止めさせる事が必要だった。アスナ峰に向かう前にフーナはその提案をクナルにした。
「分かった。フーナの言う通りにしよう。ある程度戦ったら、犠牲者を最小限にして停戦をトステに願い出る。だがフーナ、君が如何に強くても戦に参加してはいけない。」
「何故?私であれば、風で戦を混乱させられる。死傷者も少ないはずよ。」
「少ないだけだ。君に人を傷つけて欲しくない。」
「クナル…。」
フーナは、クナルの優しさを知っていた。この人は力がありながら力を欲しない。クナルはそういう男だった。
「それに、フーナの力を戦で使えば、そしてその力を君が持っていると知られれば、その力を欲する者が出てくるはず。であれば、更なる戦を引き起こす原因になるのではないか?」
「でも…だったら、私の力は何のためにあるの?」
「分からない。だが、私は思うのだ。フーナ、その力はもっと違う目的の為に、君に与えられたものなんじゃないかと…もっと大きな目的の為に…。」
「大きな目的…。」
「フーナの強さを私も知っている。君が私を…人間を助けようとしている事も。だからコルナス行きも止めなかった。だが、アマノイシが何と言おうと、君は風と共に舞って欲しい。実は、私の望みはそれだけなのだ…。」
クナルに参戦を止められたが、クナルの周りの空気に、何かまとわりつくような嫌なものを感じ取っていたフーナは、悩みつつもクナルには内緒でアスナ峰に向かうのだった。
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フーナは海側からアスナ峰を登っていた。ナッカ軍はアスナ峰の西側からトステを攻め落とそうとしていたのだが、フーナはナッカ軍に気づかれないようにする為、軍より先回りをして東に回り、影ながら戦に参加するつもりでいた。
そろそろ、ナッカ軍に追いつくかと思われた時、ある集団がフーナの方に向かってきていた。フーナは一瞬トステの兵士かと思ったが、見えてきた装束はナッカのものであった。フーナは風を使い、兵士達の話を聞く。
「…ここで待ち伏せよう。もうすぐ、元帥もこの先を通る。」
「いいか、絶対に気取られてはならぬ。全ては戦が始まってからだぞ。」
兵士達の話を聞き、フーナはナッカ軍の作戦かと思った。だが、どうにも違和感がある。以前、クナルの周りをまとわりついていた嫌な気配と、同じものをフーナは感じていた…。
暫く時が経ち、ナッカ軍の主力が到着すると、トステの砦へと攻撃が始まった。
トステの兵士達は気づいていないのか、まだ誰も出て来てはいなかったが、ナッカの主力部隊が山から駆け下りようとした時、それは起こった。
フーナの近くにいたナッカの兵士達が、一人の男の合図でクナルに向かって一斉に弓を射ったのである。
「クナル!」
フーナは、思いもよらない出来事に一瞬出遅れてしまった。風を起こし、矢を方々へ飛散させたが、何本かクナルに当たってしまったのである。矢が刺さったまま、クナルは倒れていく…。
フーナは怒りと悲しみのあまり、我を忘れた。
すると、今まで見ていた目線とは違う視野が広がる。クナルを襲った弓部隊を上から見下ろすような視界。フーナは、その中で舞いを踊った。風を起こすと言うよりも、フーナ自体が風になったような不思議な感覚の中、とてつもなく大きくなった自分が、その弓部隊を両手で掴み、投げ捨てていた…。
その一瞬の出来事は、結果的には事実だった。何事が起きたのか、自分でも分からなかったフーナが我に返ると、辺りに弓部隊がいなくなっていて、はるか遠くで、全員死んでいた…。ある者は木に串刺しになり、ある者は岩にぶつけられ、まるで
投げつけられた
かのように全員命を落としていたのだ。その中には、岩の間に挟まって死んでいたネスロの姿もあった。フーナは、震えが止まらなかった。だが、すぐにクナルを探す。
何人かに助け起こされようとしているクナルの姿が見える。フーナは、もう誰にもクナルを触らせたくはなかった…というより、自分がクナルの傍にいたかったのだ。
フーナはもう一度風を起こすと、クナルを仲間の手から引きはがし、自分の下へと引き寄せる。
「フーナ…。」
クナルは、刺さった矢を抑え、苦しそうな声を絞り出した。
「喋らないで。絶対あなたを助けるわ。」
「君は…来てはいけなかった…。」
「あなたと、離れたくないのよ。」
「馬鹿だなあ…いつだって傍にいるよ…。」
そのまま、フーナはクナルを背負い、その場を去ったのだった…。