【第5話】 運命のデビュー戦! (前編)
文字数 2,410文字
楓:
陸上のユニフォームって、初めて着ました!
デザインも可愛くて、気分上がります!
ちょっと色んなところがスースーしますけど……。
5月某日、ハマユウ大学記録会。
一年生のヘレナと楓にとっては、アイリス大のユニフォームを着て走る最初のレースになる。
神宮寺エリカ:
野口さん、5000mは今の組で最後でしょうか。
エリカが"野口さん"と呼ぶその女性は、神宮寺家に仕える使用人だ。
黒のブラウスにグレーのパンツという格好で、飾りも一切ない。風が吹こうとも何もなびかず、目立たないことに関して徹底されていた。
エリカもサングラスをして、気配を消している。エントリーはしていないが、今度の予選会へ向け、他校の動向を偵察しに来ていた。
ジャスミン大は前年、みなと駅伝本戦でも、シード権まであと1歩の4位にまで食い込んでおり、関東地区予選の突破はまず間違いないと言われている。
そんなチームの絶対的エース、それどころか、大学女子駅伝界のエースに君臨する神宮寺エリカが、まさか各地の記録会に足繁く通い、地道に他校のリサーチをしているとは誰も思わないだろう。
野口がエントリー表を確認して返事をする。
野口:
はい、お嬢様。あと残りは全て3000mのレースです。
今日は、予選会に出てきそうな選手がエントリーしているのは午前中の5000mまでで、午後の3000mはほとんどが高校生のようだった。
偵察目的で来ているエリカには、午後まで残る理由が見当たらない。
名残惜しむわけではないが、エリカはトラックのほうに一瞬目をやってから、野口の後ろに続いてグラウンドをあとにしようとした。
トラックでは次の3000m1組目のランナーがちらほら集合し始め、ダッシュなどウォーミングアップをしている。
しかし、エリカは立ち去れなくなった。
見逃せない、あまりに気になる光景が目に飛び込んできたからだ。
エリカ:
(この時代に、私の他にシルフィードを履いている選手、初めて見た……。)
(ゼッケン12番……見慣れないユニフォームだ。 フットギア履いてるってことは大学生よね?)
自分しか履いていないと思っていたシルフィード。それが今、目の前でトラックを走り回っている。
エリカ自身も身長が低いが、そのゼッケン12番はまたさらに小さかった。
エリカ:
この組のエントリーを、ちょっと見せていただけますか?
エリカ:
3000m1組……、12番……、栗原楓、アイリス女学院大学。
(栗原? 聞いたこともない選手だわ。だけど、確かアイリスって……)
エリカ:
(そう、二神蓮李。彼女が転入した大学だ。)
エリカ:
すみません、野口さん。
私、この組だけ見てから行きます。
野口:
え、えぇ。それは構いませんが。
(高校生ばかりですが?)
立花監督:
そうだ。
本戦出場経験のない大学が、みなと駅伝の予選会に出走するには、ここに書いてあるタイムを切らないといけない。
立花は実施要綱の冊子を広げ、大きく"参加資格"と書かれているページを楓に見せた。そのページには、
参加標準資格記録:
5000m:17分30秒
(3000m:10分15秒)
と書かれている。
立花監督:
予選では、チームの代表5名が走るんだが、
補欠2人を含めた、計7名のエントリーメンバーは全員、このタイムをクリアしておく必要があるんだ。
楓:
へぇー。予選に出るのにも資格が必要なんですね。
てっきり私が入部して7人になれば出場できるのかと……。
立花監督:
本戦のコースで走ることを想定して、予選の段階でもある程度の走力が要求されるんだ。
他の6人は既に基準を満たしてる。
だからあとは楓が記録を出せれば、俺達は晴れて予選のスタートラインに立てる。
楓:
なんだか責任重大だ……。
どうしましょう。予選までにそのタイムが切れなかったら……。
立花監督:
それなら心配いらない!
楓の力なら、普通に走ればこのタイムは十分狙えると思う。
なあに、標準切ってる他の6人と同じような練習ができてるんだ。楓にもできるよ。
楓:
そ、そう言われると、少しやれそうな気がしてきました。
立花監督:
今回は、試合後のダメージも考えて、短い3000のほうで記録を狙ってもらおうと思ってる。
立花監督:
うん、そう。3000だったら、普段やってる1000mを3本だ。イメージ湧きやすいだろ?
3000って、本来は大学生の正式種目じゃないんだが、10分15秒以内の記録を持っていれば、3000のタイムでも参加資格が認められる。
まぁ、もしも一発でクリアできなかったとしても、チャンスは何度か用意するつもりだから。普段の練習の成果を試す場だと思って、まずは一回出てみよう。
ギャラリー2:
まじ?どこどこ? ホントだ! すげー、本物だ!
俺、あとでサインもらいに行っちゃおっかなー!
ギャラリー1:
でもなんでこんな無名の大学にいるんだ?
蓮李:
ヘレナ。作戦通り、バンビが設定ペースで走れるように、スタートしたらすぐ前に出て、バンビを引っ張っていってくれ。
アナウンス:
続いて3000m、第1組が行われます。
選手の紹介はスタート後に行います。
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