【第22話】 約束 (前編)
文字数 3,098文字
朝姫:
……話してください!
姫路さん達と、何があったのか!
かばおうとする柚希を手で制して、蓮李が口を開いた。
蓮李:
前から知ってる人もいるかもだけど……
私と茉莉は、1年生の時、
ローズ大学にいたんだ。
楓:
ええっ……!?
(蓮李センパイと、茉莉センパイが、ローズ大学に??)
蓮李:
つまり、今のローズの4年生達は、かつて一緒に入学した同期なんだ。
蓮李:
薫……姫路とは高校からのチームメイトだったんだけど、皆で初めてちゃんと話したのは確か高2の夏だったかな。
蓮李:
うん。そこで集まった7人は、すごく仲良くなった。
ある時、姫路が言ったんだ。
-- 回想 U17強化合宿 (蓮李・茉莉 高校2年の夏) --
姫路:
ねぇ、この7人全員でローズ大に入って、みなと駅伝で優勝しようよ!
佐々木:
みなと駅伝って、今年から名前が変わった、あの大学生の駅伝?
姫路:
そう。全部で7区間あるから、私達が四年生になる年にこの7人全員で襷を繋いで優勝するの!
松永:
あとから強い後輩が入ってくるかもしれないよ?
姫路:
関係ないわ! どんなに強い人が入ってきたって、レギュラー譲らなきゃいいんだから。
蓮李:
そして私達は、約束をした。
全員でローズ大学に入り、その7人でタスキを繋いで優勝しよう、と。
茉莉:
開催地が今の横浜に移るずっと前から、ローズ大は女子駅伝の強豪チームでした。
そこへさらにU17選抜選手の七名全員がこぞって入学するとなった時は、かなり注目されましたな。
約束通り、本当に全員で入学したところまでは良かったのですが……
蓮李:
もうあのチームに私達の姿は無い。
……約束は果たせなかった。
蓮李:
きっと姫路は今、約束を破った私のことを嫌ってるだろうし、私も、嫌われて当然だと思ってる。
蓮李:
ローズ大学には、"白薔薇"と"黒薔薇"という呼び方をされる選手がいるのは知ってる?
簡単に言えば、キャプテンと副キャプテンみたいなものなんだけど、伝統あるローズ大学では、それ以上の意味があった。
茉莉:
"白薔薇"は、リーダシップと実力を兼ね備えた選手、
"黒薔薇"は、その白薔薇を除いて最も強い選手が任命され、
臙脂(えんじ)色のジャージの左胸の部分に、それぞれの色の薔薇が刺繍されるんですな。
蓮李:
そう。あのチームはホントにもう、完全に実力主義の世界。
歴代の"薔薇持ち"の人達はひっくるめて
ジャルダンドールって呼ばれて、
(Jardin d'or ※フランス語で"金の庭")
卒業後、オリンピックに出た人もたくさんいる。
だから、その仲間入りをできることは凄く名誉なことで、みんなその座を狙って競い合うんだ。
茉莉:
その競い合いがローズ大の強さの秘密であったりするわけですが……。
レンリ殿は入学してすぐに、名門ローズ大の長い歴史の中でも異例の、1年生の"白薔薇"候補となったのです。
茉莉:
高校時代は、全国駅伝優勝チームのエースにしてキャプテン。
世代No.1の持ちタイム通り、練習ではレギュラーの先輩達とも最初から互角以上に渡り合えていました。
蓮李:
入学してすぐに、白薔薇と黒薔薇を決めるための校内戦があった。
候補の5人は、私以外全員4年生。
みんな凄く厳しい目つきだった。
先輩達は、容赦無く私に牙を向いてきた。
生まれて初めてだったよ、
スタート前、脚が震えたのは。
蓮李:
この人達はチームメイトだけど、私が負けることを望んでいるんだなって。
……勝負だから当たり前のことなんだけど、なんだかそれを考え始めたら、急に怖くなったんだ。
心枝:
(たぶんお姉ちゃんは、同じチーム内の人と争うなんて、それまで考えた事もなかったんだと思う……。)
(中学でも高校でも、お姉ちゃんはいつもチームで一番速くて、みんなを鼓舞して引っ張っていく立場だったから。)
蓮李:
結果は惨敗だった……。
走り以前に、気持ちで負けていたと思う。
ヘレナ:
1年生で候補になるだけでもスゴイことデス!
蓮李:
だけど、そこまで期待されていたのに結果が散々だったから。
先輩達からは陰口も言われたし、自分の道具がなくなることだってあった……。
蓮李:
そのレースから、
自分の走りの感覚が取り戻せなくなって。
どんどん走れなくなっていった……。
茉莉:
その当時のレンリ殿は、なんというか、
とてもゲッソリした様子でした……。
蓮李:
ひどい顔してたと思う。
私、心配事があると食べ物がノドを通らなくなるんだ。
蓮李:
それでどんどん痩せていって、走れなくて、それでまた痩せていって。
……限界だった。
蓮李:
ある日の早朝、みんなが朝練で起きる前に、荷物を持って寮から逃げ出したんだ。
-- 回想 早朝の寮にて (蓮李・茉莉 大学1年の7月) --
蓮李は自分の部屋の戸を静かに閉め、他の寮生が起きないよう忍び足で玄関へ向かう。
部屋を出てから、自分のバッグにつけてある鈴の飾りが鳴ってしまうことに気づき、鳴らないよう慌てて手で押さえた。
まだ夜明け前で暗い中、火災報知器の赤い非常灯だけが寮の廊下を不気味に照らしていた。
音を立てないようしながらも、急いで階段を駆け下りる。
玄関だけは少し灯りが点いていた。
目の前には、重たい透明の扉が立ちはだかる。
まだ外も暗い。
大きな荷物を抱えながら、片手でロックを外す。
もう後には引き返せない。
扉を開けようとするも、片手では支えきれず、もう片方の手で押さえていた鈴が不意に鳴ってしまった。
慌てて外に出たその時、鈴が扉に挟まり、寮の中に落ちてしまった。
すぐに取りに戻ろうとしたが、扉の向こうに、黒い人影が見えたような気がした。
荷物は大きくなってしまったが、これでも全部は持ってこられなかった。
オレンジの朝日が差し込む中、始発電車を目指し、ひたすら駅まで走っていく……。
茉莉:
レンリ殿はチームメイトに誰一人として告げず、姿を消してしまいました。その日の朝、部内は騒然としました。
しかし大学としては、レンリ殿ほどの有名な選手が寮から出ていったと世間に知られては、評判に傷がつく。
監督と部長からは、事を荒立てないよう言われ、それからは何事もなかったように練習が続けられました。
蓮李:
その後、大学の関係者と話し合いにもなったんだけど、どうしても円満退部ということにしたいらしくて、私のことは、一身上の都合で競技を引退したと説明しているらしい。
茉莉:
その後、レンリ殿が去ってから2か月程が経った頃でした。
……そういえば、今日でちょうど3年ですな。
全日本インカレの会場で、一人の男が、偶然私に尋ねてきたのです。
-- 全日本インカレの会場(蓮李・茉莉 大学1年の9月) --
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