【第13話】 天使の羽根 (前編)
文字数 2,096文字
アナウンス:
ジャスミン大学の神宮寺さんを先頭に、
まもなく3000mを通過。
……3000mの通過、9分36秒。
この間の1000m、3分10秒。
蓮李:
そう。さっきから、まるで精密機械みたいに正確なペースを刻んでる。
楓:
(えっ、もう3000? 全然気づかなかった! 残り2000……、ってことはあと5周か。)
(あと5周で……、終わっちゃうんだ。)
蓮李:
(このまま神宮寺について行けば、バンビ1人でかなりのタイムを稼げる。
予選通過の4位以内に入るためにも、アイリスと当落線上を争ってる他校と1組の時点で差をあけられるのは、願ってもない展開だ……。
ここまで来たら、少しでも後ろを引き離してくれ……、バンビ……!)
神宮寺監督:
ぐうううううう…エリカァーーー!!! 何をやっている!!! さっさとつき離せ!!!
その時。
ふと、エリカがしきりに足元を気にする仕草をしていることに、気がついた。
楓:
(脚が……気になるのかな。あ、また下向いた。)
楓:
(そういえば、エリカさんほどの選手が1組にエントリーされてるのは、調子が悪いからかもしれないって、先輩達が言ってた……。)
楓:
(もしかして……、今がチャンスかもしれない!)
アナウンス:
先頭代わりまして、
栗原さん、アイリス女学院大学。
エリカ:
(記録会の時、あれだけのラストスパートを見せていた選手が、こんな手前でペースアップ?)
(……こんな走り、才能の10%も引き出せてない!)
会場のスクリーンに、自分の姿が映っているのが見えた。
ペースを上げたつもりだったが、後ろからエリカがピタリとついてきている。
エリカ:
ペースをジリジリ上げるだけじゃ、相手はちっとも怖くないんだよ!?
神宮寺監督:
(ぐぬぬぬぬ……、まったく、エリカはどういうつもりなんだ……! 早く前へ出ろ!!!)
エリカ:
(あの人ももう限界みたいだし……そろそろ潮時か。)
エリカ:
いい? スパートってのは、
……こうやるんだよっ!!
エリカの脚先が、
異様な妖気をまとって煌めき出した。
ここで、エリカと楓の差が一気に離れる。
ここまで同じだけの距離を走ってきたとは思えないほどの、軽快な走り。
周回遅れの選手達を外側から次々に抜いていく。
楓には、そこまでの力はもう残っていなかった。
その光景は、ただでさえ息苦しくなり始めていた胸をさらに締めつけてくる。
ついさっきまで目の前にあったはずの
エリカさんの背中が
どんどん小さくなっていって......
掴みかけた自信が、するすると指の間からこぼれていく音がした。
このあと私に残されたのは……
ここまで走った8周半より
ずっと、ずっと、長い
……ラスト4周でした。
電光掲示板には、ゴールした選手から順に速報タイムが表示されている。
みなと駅伝 関東地区予選会 5000m 1組
1位 15:49.82 神宮寺 エリカ ジャスミン大 3
2位 16:28.34 栗原 楓 アイリス女学大 1 *PB
3位
神宮寺監督:
予選なんだぞ! チーム戦なんだぞ!
勝負に徹しろ! らしくない!
エリカの視線の先で、楓は地面に伏してうなだれている。
楓:
(勝てそうだった……。)
(勝てると思った……。)
(勝てると、思っちゃった……。)
立ち止まり、目の前でうずくまったままの楓を見下ろす。
エリカ:
(勝負に徹しろ? らしくない?)
(強烈に下から突き上げてくる、この勢いに気づかないの?)
エリカ:
(手がつけられなくなる前に、こうするしかなかった……。)
エリカ:
(今日の走りは、私なりの)
(……勝負に徹した走り。)
エリカ:
すみません。
この選手、立てなくなっちゃったみたいで。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)