【第5話】 運命のデビュー戦! (後編)
文字数 2,609文字
アナウンス:
3000m、第1組がスタートしました。
選手の紹介をします。
1番、宮坂さん、ツツジ大附属高校……
設定ペースを保ったまま一人で走り続けるのは、長距離を始めて2か月の楓にはまだ難しい。ヘレナは蓮李から言われたように、楓の前を走ってペースメーカーになった。
蓮李はその二人にはついていかない。二人との距離が開いていく前に、後ろから声をかけた。
蓮李:
バンビ! こっちは1キロ3分25秒ペースをキープするから!
私に抜かれないようにしながら、走ってみてくれ!
アナウンス:
先頭は、
安藤さん、アイリス女学院大学。
栗原さん、アイリス女学院大学。
エリカ:
(二神蓮李のほうは遅れてるみたいだけど、ペース走か何かかしら。)
アナウンス:
先頭はまもなく1000m。
1000mの通過、3分17秒。
茉莉:
(3000mで10分15秒を切るには、1000m平均、3分25秒以内で走る必要がある。)
(さて、まずは8秒の貯金ができましたな。ここからどうなるか。)
ヘレナと楓に次いで三番手を走る蓮李の後ろには、人だかりができていた。
通常、記録会では、事前に申告された目標タイムが近い選手を固めて組分けをする。今回の1組には、目標タイムが10分30秒前後の選手が固まっていて、今日の記録会で最もタイムが遅い組だった。他は全員、高校生だ。
ちょうど高校生にとっては、目標タイム前後のペースを維持して走り続けてくれる蓮李は頼もしいペースメーカーになっていた。
朝姫:
バンビッ! 後ろが今ぴったり3分25で来てるから!
このまま蓮李さんに抜かれなければ、10分15切れるよ!
エリカ:
(……10分15? ずいぶん半端な目標ね。)
エリカ:
(フォームは荒削りだけど、小さな体にしては強いキックと腕振りができている。)
(見た感じ、10分フラットくらいならいつでも出せそうな走りはしているけど。10分15って何……?)
エリカ:
(10分15……)
(そうか! 参加標準……!)
参加標準記録が必要になるのは過去に本戦出場経験のない大学のみのため、大抵の有力校の選手は、みなと駅伝の予選に参加標準があること自体知らないことも多いだろう。
エリカほどの選手であれば、なおさら気にする必要がない。
しかし、目の前を通過していった蓮李を見ていて、なんとなく、全てが繋がった。
エリカ:
(あのシルフィードの子、みなと駅伝の参加標準を狙ってるんだ。)
(こんな遅い組で、ペースメーカー2人もつけて、チームぐるみで10分15を狙わせる理由なんて、他に考えられない。)
エリカは、今見えているアイリスの選手を数え始めた。
エリカ:
(このチーム、今年は予選会に出てくる……!!)
アナウンス:
先頭、アイリス女学院大の、栗原さん。
2000mの通過、6分36秒。
この間の1000m、3分19秒。
ヘレナは、少し遠くからの朝姫の声に手を挙げて答えた。
2000mまででペースメーカーの役目を終え、棄権した。トラックから外れ、しばらく歩きながら呼吸を整える。
立花監督:
カエデ! ラスト2周だ!
もっと出せそうならペース上げていいぞ! そうそう、動いてる動いてる!
立花監督:
ヘレナ、ナイスアシストだ。おつかれ。
ヘレナは来週5000mの記録会にも出すからな。そこがヘレナのちゃんとしたデビュー戦だ。
ヘレナ:
ハァ…ハァ…、はい。
バンビ、まだだいぶ余裕アリマシタ。
立花監督:
やっぱりそうか。念を入れて2人に協力してもらったが、まさかここまですんなり行くとは……。
お、切り替えた切り替えた。またペース上がってる。
ヘレナ:
あのまま3分20でいいなら、5000mでもすぐに走れちゃいそうデス。
立花監督:
そうだよな。これなら5000のほうに出してもよかったか?
(……ったく、なんて成長スピードなんだ。監督である俺の想像が追いつかないほどだ。)
アナウンス:
先頭、アイリス女学院大、栗原さん。
まもなくラスト1周です!
立花監督:
ラスト、アゴ引いて、アゴ引いて! そう!
エリカ:
(二神蓮李と歌川茉莉がいるとはいえ、去年まで予選にすら出ていなかったから完全にノーマークだったけど。これでそうもいかなくなった。)
(それに、あのシルフィードを履いた選手……。私にとって、これから大きな意味を持つかもしれない。)
スタッフ:
はい、ここ選手入ってきますんで、あけてくださーい!
エリカは、楓のゴールを見ないままその場を立ち去った。
蓮李は念の為、楓の後方で10分15秒のペースを守ったまま走っていた。
タイムを読み上げるアナウンスが聞こえてくる。先頭の選手がホームストレートに入ったことが分かった。
ゴールのほうに目をやると、ちょうど楓がゴールしたところだった。仲間に迎え入れられ、祝福されている。
時計を確認して、安堵した。タイムはまだ10分すら回っていない。
楓は最後までトップを独走し、記録は9'50"43。みなと駅伝予選会の参加標準記録、3000m10分15秒をクリアした。
朝姫:
よくやったぞー、バンビ!
すごいよ、陸上始めてまだ2か月なのに!
エリカ:
……ん?
(陸上始めて2か月……? 今、そう言った?)
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