【第15話】 カンペキな負け (後編)
文字数 4,321文字
立花監督:
……あぁ!心枝の時の!
あの時はお世話になりました。
あのー、
楓はもう大丈夫なんでしょうか。
医師:
えぇ。少し休んだら、
このとおりピンピンしてるわよ。
楓:
すみません。私、舞い上がって飛ばし過ぎてしまって……。
立花監督:
お疲れ様、よくやったよ。
楓の走りで、みんなにも火がついた。
立花監督:
すまなかったな。
すぐに駆けつけてやれなくて。
楓:
大丈夫ですよっ! ほら!
……ジャーーーン!!!
みんなのレースも、
この特等席から見てました!
立花監督:
おお、見やすいな!
ちゃんとバンビも一緒に戦ってたんだな。
……これから結果発表だから、
上に戻ろうか。みんな待ってるぞ。
柚希:
あのエリカさんについていくなんて
ビックリしたわよ!
楓:
あははは……あれはなんというか……
吸い寄せられたというか。
(まんまと乗せられたというか)
ヘレナ:
まるで魔法にでも
かかっているかのようデシタ!
楓:
あはははは……。
(まあ、ある意味……魔法かも。)
医師:
あの子ね、監督さんが来るまではすごく静かで、
レース中もずっと黙り込んだまま、ぼんやりトラックのほうを見つめていたのよ。
医師:
途中で他の子が様子を見にきた時も、同じように元気になってたから、そこは大丈夫よ。
そうね。何か、一人で考え事をしてるみたいだったわ。
立花監督:
(楓、何か悩み事でもあるんだろうか……。
大学No.1の神宮寺エリカとあそこまで競り合えたんだ。悩むことはない、胸を張っていい。
なのにどうしてだ……。チームの結果が心配だったとか? ……いや、もしかして。)
アナウンス:
ただいまより、
第6回横浜みなと駅伝関東地区予選会
総合順位を発表いたします。
アナウンス:
第1位、
ジャスミン大学! 東京!
記録、1時間57分08秒。
ヘレナ:
どの組でも必ず上位にいて、
穴がないって感じデシタ……。
アナウンス:
なお、この記録は、
従来の大会記録を1分44秒も更新する
大会新記録です。
岩田:
というか、このレベルの大学が
予選にいるのがおかしいだろ。
アナウンス:
第2位、
ネモフィラ大学! 茨城!
記録、1時間59分15秒。
蓮李:
2位のネモフィラですら、
二分以上も差をつけられてるのか……。
アナウンス:
第3位、
コスモス大学! 東京!
記録、1時間59分33秒。
立花監督:
3位にコスモスか。
ってことは最終組でネモフィラが
逆転したんだな。
さあ、次は4位だ……。
アイリス女学院大学! 神奈川!
記録、1時間59分40秒!
ツツジ大・桂木:
センパイと……もう一度……あそこで走りたかったです……。
アナウンス:
以下、続けて発表します。
第5位、ツツジ大学、栃木。
記録、1時間59分56秒。
第6位、サボテン国際大学、埼玉。
記録……
柚希:
そうですよ!
ああん、もう蓮李センパイ、
顔がグシャグシャですよ(笑)
蓮李:
いや、もう、その為だけじゃないんだ。
ここにいる後輩達は、
何の実績もなかったアイリスに、
自分達を信じてついてきてくれた。
ここにいるみんなで
あの舞台に立てるんだ。
茉莉:
私も、本戦までには
必ずケガを完治させますぞ。
蓮李:
うん。
(小声)
でもビックリしたよ。
茉莉の言う通り、ホントに松口が
後ろに下がってきたんだから。
心枝:
茉莉先輩、お姉ちゃん達は
一体どういう作戦だったんですか?
茉莉:
我々アイリスは最終組が始まる前、
出場圏内ギリギリの4位でした。
3秒差でツツジ大に追われている
この状況ならば、
レンリ殿の性格上、
キャプテンとして、エースとして、
無理を覚悟で留学生についていき、
タイムを稼ごうとしたでしょうな。
朝姫:
最初に考えてた作戦では、蓮李さんは松口さんをマークする予定でしたよね。
柚希:
でも結果的にその松口さんは先頭集団を追いかけたから、
どのみち蓮李さんは留学生についていくことになった、ってことよね……。
茉莉:
そう。本戦出場を争うキャプテン同士の一騎打ちとなれば、はたから見ている分には面白いでしょうが……、
今日はこの気温ですから、心配もありました。
蓮李:
しかも、スタート前のアップ中に、
朝からずっとあった雲が晴れてきたんだ。
この暑さの中、もしあのまま松口達と一緒にハイペースについていってたら、
……勝負はどっちに転んでいたかホントに分からなかった。
茉莉:
そこで、マツグチ殿はいったん無視して、
ツツジの二人目、つまりカツラギ殿から
どうやってリードを稼ぐかに
焦点を絞りました。
……実は彼女、前に一度、
アイリスに誘ったことがありましてな。
よく知っている選手なんです。
朝姫:
もしかしたら、私たちと同期だったかもしれなかったんだ。
茉莉:
いやー、彼女を典型的なスタミナ型と記憶していたので、スプリント勝負に持ち込む事を提案したのですが、
……彼女もかなり成長していました。
朝姫:
でも私は、蓮李さんがずっと横にいてくれた分、落ち着いて走れたけどね。
茉莉:
ふふふ。
それはレンリ殿も同じだったはずですぞ。
一人で突っ走るよりも、
隣に後輩がいたほうが冷静になれる。
楓:
へー! なんだか素敵です!
相手の事ならなんでも分かってるって感じで!
エリカ:
初出場決定、おめでとうございます。
あなた方と本戦で走れるのを
楽しみにしています。
松田:
良かったら、みなさんで記念写真、
撮りませんか?
又吉:
さっき運ばれて行ったみたいだけど、
大丈夫だった?
心枝:
(ヒソヒソ)
バンビちゃん、すっかり人気者だね。
ヘレナ:
(ヒソヒソ)
もう! ワタシ達のバンビなのにー!
ジャスミン大・月澤:
じゃ、ここに並んで撮りましょーう!
さぁさぁ、カエデちゃんも、
一番小さいんだからもっと前に!
ほらほら、もっと! エリカさんの隣に!
楓:
あ、え、えっと、あ!
(あわわ、エリカさんだ……!!)
楓:
あ、あ、あ、あ、わたし……
う、うわああああああああああ!
藤井:
あらら。
エリカ、もしかして嫌われちゃったかもよ?
楓:
(ダメだ、ダメだ、ダメだ。これじゃ避けてるみたいじゃない!)
楓:
(でもダメ。今の私には、エリカさんを直視できない……、だって!)
楓:
今、あんな風に、
楽しく一緒に写真を撮ったりしたら!
楓:
この悔しさが! どこかへ消えてしまいそうで!!
蓮李:
心配になって追いかけてきたんだ……。
でもなかなか追いつかなくて。
速いな、さすがに。
蓮李:
バンビ……。
(バンビが自分からこんなに強く主張するのって、初めて見た気がする。)
蓮李:
……誘った私がいうのもヘンだけどさ、
正直、バンビがそこまで駅伝のこと、
考えてくれてるとは思ってなかった。
急だったし、まだ始めたばっかりだし。
自分から、速くなりたい、なんて、
言い出すと思ってなかった。
今日の一戦が、そう思わせたんだね?
蓮李:
(意外と負けず嫌いな子なんだな……、バンビって。)
楓:
走ってる時、すっごく楽しくて、
夢中でエリカさんを追いかけてました。
エリカさんが勝負してくれてる!
って私、浮かれてました。
だけど本当は、
勝負にすらなってなかったんだな……
って。
それに気付いて……、
そのあと一人で医務室から見てる時も、
ずっと、ずっと悔しくて……。
蓮李:
……これからキミは、もっと強くなれる!
いや、一緒に強くなろう!
蓮李:
今よりもっと強くなって、
みなと駅伝でもう一度、
ジャスミンにリベンジするんだ!
蓮李:
(今日、分かったことがある。)
(バンビは意外と負けず嫌い。)
(もっと強くなりたいと、望んでる。)
(それと、もう一つ。)
(神宮寺エリカも、望んでるんだ。)
(……楓が、もっと強くなることを。)
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