【第22話】 約束 (後編)
文字数 4,797文字
なんとも答えづらい質問でした。
レンリ殿がいないのは、
私も毎日考えていることです。
ですが見ず知らずの相手には、
説明しようがありませんでした。
学校からも、何も話すなと釘を刺されていましたし。
結局、次の駅伝ではメンバーに入れませんでした。
それまでの無理がたたり、完全に走れなくなるほど腰痛が悪化してしまったからです。
茉莉:
今になって考えれば、それはあくまで建前でした。
どうやら、我々の世代が予定人数を超えて大量に入学したことで、大学が抱えられる特待生の枠を圧迫していたようです。
そこで、次の1年生のための枠を空けるためにも、怪我で全く走れていなかった私が特待生から外れることになったのです。
つまり、"陸上特待生としての歌川茉莉"は
その瞬間、クビになったのです。
……私はその時、それまで分かっている気でいたレンリ殿の気持ちが、本当の意味で分かった気がしました。
自分はチームに必要とされてない……
このチームに自分の居場所はない……
そう感じることがこんなにも苦しく、
辛いことなのだと。
お金の問題ではありませんでした。
その前からも、レンリ殿が退部したあと何事もなかったように振る舞っている監督や大学の組織に対して、不信感がつのっていましたから。
(レンリ殿、あなたは、こんなに暗い海でずっと一人溺れていたんだ……。)
(私はもう走れない。)
(でもせめて彼女だけは……、救ってあげてほしい……、誰か、……誰か!)
(……レンリ殿はきっとまだ走れる!)
私は、あの男の背中に書かれていた "アイリス女学院大学"の場所を調べ、福岡から横浜へ向かいました。
私はその男に、日本インカレの時に話せなかったことを全て話しました。
監督はレンリ殿が競技を続けられるよう、当時アイリスにはまだ無かった駅伝部を作ってほしいと、大学に掛け合ったそうです。
ですが新年度の予算はもう既に決まっていて、すぐには新しい部を作ることはできなかった。
一体そんな状況から、なんて言って説得したのかは知らないけど、
まずはいったん、監督が元々コーチを務めてた中距離ブロックを派生させて、"長距離ブロック"っていうのが作られて、監督がまとめて受け持つことになったんだ。
そう。最初のうちは、中距離の選手達の練習に混ぜてもらっていましたな。
その1年後、今の2年生が入学してくるタイミングで、正式に"駅伝部"として独立したんですな。
それから私と監督は、レンリ殿の実家の近くまで行って、話をしました。
ビックリしたよ。大学のチームメイトと、中学の時の先生が、二人で私に会いに来るって言うんだから。
その日、レンリ殿はそう答えていましたが、私には手応えがありました。
また走ってみないかと言われた時、ずっと曇っていたレンリ殿の表情が少し晴れかかったように見えたからです。
うん。正直その時までは、もう陸上も大学も辞めて、地元で就職先を探すつもりでいた。
監督にそう言ってもらわなかったら、私は間違いなくもう走ってなかった。
あの日は二人を前にして、嬉しかったり申し訳なかったりで複雑な気持ちでいたから、すぐには答えが出せなかったけど、
大学のチームメイトが長野まで来てくれて、しかも私に走ることの楽しさを教えてくれた立花先生に、もう一度走ろうと誘ってもらっている。
これは最後のチャンスだって思ったんだ。
私、すごく嬉しかったの覚えてるよ。
その時は高校の寮にいたんだけど、お姉ちゃんから、"先生"がコーチしてるアイリスに行くかもしれないってメールが来て。
お姉ちゃんが走ってるのを、また見られるんだ、って。
中学・高校と同じ道を追いかけてきたけど、さすがにローズ大は、筆記で入れたとしても私じゃ部に入れてすらもらえないだろうなって、諦めてたから。
新しく出来るチームだったらまた一緒に走れるかもって思って、"お姉ちゃんが入るなら私もアイリスに行きたい!"ってすぐに返信しちゃった。
茉莉:
コノエ殿も、後押しをしてくれていたんですな。
絶望の海で溺れていた私達二人でしたが、
レンリ殿だけはなんとか助かってほしい。
その思いでずっと動いていました。
ですから、私はもうそこで思い残すこともなくなって、一人、海の底へ沈んでいくつもりでした。
ですが、そうして沈んでいくはずだった私の腕をも、あの男は掴んだのです。