【第16話】 嵐のあとに (前編)
文字数 2,311文字
立花監督:
みんな、昨日はお疲れさまでした。
走った5人も、サポートの2人も、
よく頑張ってくれたと思います。
やっとスタートラインですので、これから残りの時間、ひとつずつレベルアップできるように、またコツコツと積み上げていきましょう。
立花監督:
昨日の疲れもあるので、
ジョグのペースは落として、
各自状態を確認する意味で、
今日はやっていきます。
終わったら、走った時間と同じだけしっかりとケアに充てることにしましょう。
いいね?
蓮李:
どうも、神宮寺に負けたのが、
相当こたえてるみたいなんだ。
心枝:
そういえばバンビちゃん……、
陸上始めてからあんなにハッキリと負けたことって、今までなかったよね。
茉莉:
今まで出来過ぎなくらい
トントン拍子で来てましたから。
無理もありませんな。
いい? スパートってのは、
……こうやるんだよっ!!
エリカに背後から追い抜かれ、一気に離された……。その時のシーンが何度も頭の中でフラッシュバックする。
楓:
(バスケをやっていた時、あと少し身長が高かったら……って何度も思った。)
(だけど昨日の負けは、身長の差じゃない。)
……私たち、小さいんだから。あんな混み入ったところにいてはダメよ。
スタートしたらすぐ前に出て、自分のスペースを確保するの。いい?
楓:
(エリカさんは、あの小さな身体で、勝ち続けてきたんだ……オーラも全然違った。)
(天使の羽根、すごくキレイだった……)
(ホントに一瞬だった……)
(一瞬で、置いていかれた……)
(どうしたら、エリカさんみたいに……)
楓が見つめているのは、2限目の一般教養の講義。
学科ごとの専門科目とは違い、学部の垣根を超えて多くの1年生が受講している。
楓は決まって、真ん中の一番前の席に一人で座る。
入学してもうすぐ3か月になるが、4月頃に友達作りのスタートダッシュに失敗したことを未だに引きずっていて、駅伝部以外の友達がまだ出来ていなかった。
一番前に座っていれば、仲良さそうに友達同士で座っている学生達が視界に入ってこなくて済む。それに後ろのほうだと、前に背の高い人が座ると、楓の身長だと前が見えなくなってしまう。加えて、目もあまり良くないので、授業を受ける時だけはピンクのクリアカラーのメガネをかけていた。
講義が終わってすぐ、楓のもとに、一人の学生が近寄ってきた。
楓:
いやあ、私、背がちっこいから……。前に背高い人が座っちゃうと、よく見えないので。えへへ。
智花:
ああ! だからいっつも1番前だったんだー。
私、史学科の
米澤 智花(よねざわ ちか)
っていいます。
1年生同士よろしくね。
智花:
栗原さん、次のコマ空いてる?
よかったら一緒にお昼食べようよ!
楓:
えっ、いいの!
もちろんもちろん! お供します!
智花:
前から気にはなってたんだけどね。
話しかけるタイミングが
なかなかなくって!
楓:
そうだったの?
話しかけてくれてすっごく嬉しいよ!
私、友達いなかったから。
智花:
ほんとに? よかったー!
じゃあ今度からこの時間は、一緒にお昼ご飯食べようよ!
楓:
そういや、私、部活以外の人と話したの
ほとんど初めてかも。
智花:
部活……、そうだ。
楓ちゃんって駅伝部なんだよね?
楓:
うん、そうだよ!
あれ? でもなんで知ってるの?
智花:
ああ、違う違う、動画配信を見たの!
私も一応、高校までは陸上部だったからさ。引退した今でも、みなと駅伝のことは、何かと気になっちゃって。
智花:
そしたらさ、一緒の授業とってて、
前から話しかけようと思ってた
楓ちゃんが走っててビックリ!
楓:
そうだったんだ〜!
私、配信されてるなんて
全然知らなかったよ!
(そういやカメラがいっぱいいたな……)
智花:
もちろん、そうだよ。 他に誰がいるの?
あの神宮寺さんの後ろに
1人でついて行ってさー!
いやー、カッコよかったなぁー。
楓:
はい!
さっき友達が、昨日の試合の動画、
見せてくれたんですけど、
フォームがもう、すっごく変で!
楓:
うーん。
上手く説明できないんですけど、
なんというか……、
溺れてるみたいな?
朝姫:
あっはっはっは、なにそれ!
ま、確かに、
自分の走ってる姿って、
自分で見ると変な感じだよね。
茉莉:
どれどれ、我々もその動画を見ながら、
話を聞きましょうか。
茉莉は部室のパソコンを起動し、試合の配信サイトへアクセスした。
茉莉を囲むようにして、他の4人はパソコンの画面を覗き込む……。
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