【第12話】 予選会スタート! (前編)
文字数 1,969文字
(♪会場の歓声)
ワァーーーー!!
ワァーーーー!!
ワァーーーー!!
アナウンス:
横浜みなと駅伝関東地区予選会、
第1組がスタートしました。
選手の紹介をします。
1番、神宮寺さん、ジャスミン大学…
楓:
(最初のコーナーは、縁石を踏まないように、っと!…あッ!)
楓:
(痛ッ! もう! また! わざとやってるでしょ!)
横からだけじゃない。今度は後ろから押される。前後左右、身動きがとれない。
普段、多くてもアイリスの7人でしか練習したことのない楓には、初めての経験だった。
蓮李:
しまった。大人数での位置取りまでちゃんと教えとくんだった!
楓:
(選手がたくさんいると、こんなに走りにくいの!?)
スタートして半周を過ぎた時だった。
周りの選手が一斉に、同じ方向を向いた。
先頭を走っていた神宮寺エリカのペースが、急激に落ちたのだ。
誰か他の選手に引っ張らせようとしたのではない。
この1組は持ちタイムの最も遅い組。エリカを引っ張れるような選手はこの中にはいない。
エリカのペースが落ちたことで、たまらず他の選手が先頭に出た。
エリカは先頭を奪われたというより、自らどんどん後ろへ下がっていく。
そうして何人もの選手に次々と追い抜かれ、とうとう楓のところまで下がってきた。
三浦琴美:
いや、違うわ。
彼女は自分の意思でペースを落としている。
(そう、まるで何かを探しているかのような。)
選手A:
(お、おお……、エリカさんだ。すごいオーラ。)
神宮寺監督:
(エリカ、何をしているッ! 早く先頭に出ろ! この組に、お前が構ってやるような選手は1人もおらんぞ!)
エリカは、少々強引ともとれる動きで、楓の左斜め前に割り込んできた。
三浦珠美:
あらあらずいぶんマナーの悪い車ね。
普段のお高くとまったイメージが台無し。
エリカが楓の前に割り込んでからは、ぶつかりあって荒れていた集団の秩序が一変した。
楓のほうをチラリと見る。
楓:
(え! もしかして……、守ってくれてるの? ……私を?)
エリカの体格は、楓と同じくらい小さい。
本来なら、集団の中に埋もれれば、楓と同じような目に遭い、身動きが取れなくなってもおかしくない。
しかし、エリカは楓とは違った。彼女の周りにだけ、うっすらと空洞ができていた。
楓:
(エリカさんが私を守ってくれてる……。でも、どうして……?)
先ほど楓にキツい肘打ちをかました選手も、エリカが集団に割りこんでからは、腕振りが遠慮がちになっていた。
楓:
(すごい……、誰もエリカさんには近寄れないんだ。)
(身長は私とほぼ同じなのに、風格が違いすぎる。)
1周目最後のカーブにさしかかる。
エリカがまた後ろを振り向く。
楓:
(まただ……。また私のほうを。今度はさっきよりもハッキリ。)
エリカが他の選手に先頭を明け渡した後、集団のペースはかなり遅いまま推移していった。
この組で一番の注目選手の、予測不可能な動きに、みな困惑しているようだった。
最終コーナーを終え、大集団のままホームストレートに帰ってくる。
楓はそのまま、エリカの後ろについて走っていた。
まもなく最初の1周が終わる。
その時だった。
エリカが右手で手招きを始めたのだ。
そして、自分の隣に来いと言わんばかりに、エリカの右側のスペースを指さしている。
その手が誰を呼んでいるのか。
もうさすがに、楓にも見当がつき始めていた。
しかし、敵の指示にそう簡単に従っていいのか戸惑いがある。
楓が躊躇していると、もう一度、今度は睨むようにしてエリカがこちらを振り返ってきた。
さっきから何度も指をさしているが、その指の勢いがどんどん鋭くなっていく。
楓:
(なんでか分からないけど、さっきからこの人は私を助けてくれてる……。)
(確かに、このまま集団で固まってたら、また肘がぶつかってくるかもしれない。)
(……よし。)
楓はエリカの指示通り、彼女の右隣に並んだ。
直線を利用して、まずエリカが集団の外側にはみ出した。
ちょうどバスケのスクリーンプレイのように、エリカが壁となり、周りの選手の攻撃から楓を守りながら。
そして、二周目に入ると同時に、二人はそのまま先頭に躍り出た。
神宮寺監督:
……1周84秒だ、このタコ!!!
後ろに付き合うな! つきはなせ!
松田:
なんで? エリカさんなら、最初から最後まで独走できるでしょ?
洋見:
(どういうおつもりなのですか、エリカさん……。)
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