【第1話】 デメキン注意報! (前編)
文字数 3,574文字
シャラーン。
初めに、約束があった。
もうあのチームに私の姿は無い。
私は、もう一度走ってみようと思う。
みなとみらいの、あの舞台に立つために……。
(♪曲始まり)
身長は150センチに満たない小柄な体型ながら、目一杯に手足を伸ばし、まるで目の前の空気を砕き割っていくかのような勢いでグングン進んでいく。
その足は地面をえぐるように蹴り上げられ、素早く臀部(でんぶ)に巻きつき、また地面に鋭く振り下ろされる。
ここまでほとんど走りっぱなしだったにも関わらず、目の前にそびえ立つ階段を物ともせず駆け上がっていく。
(♪チャイムの音)
キーン、コーン、カーン、コーン階段を上がりきらないうちに、チャイムが鳴ってしまった。
(♪扉を開ける音)
ドタンッ!どうやらレポートの課題が出たらしかったが、遅刻してきた楓はその内容が分からない。
岡山にいた時、お母さんからいっつも大学時代の横浜での思い出話を聞いてて。
大きくなったら私もお母さんと同じアイリスに入る!ってずーっと憧れてて。
やっとその夢が叶ったのに。
ぜんっぜん友達ができない……。
2年の小泉柚希(こいずみ ゆずき)がキャプテンにそう言った。
だが、その言動ほど表情が落ち込んでいないのは、そう遠くないうちに新入部員が現れることをどこか信じているからなのかもしれない。
気が強く、目立ちたがり屋。チーム内の注目を浴びていないと気が済まないところは困ったものだが、チームにこうした暗い空気が流れている時、それを断ち切るように何か喋り始めてくれるのはいつも柚希だ。
チームのキャプテンにしてエース。
二年前、部員二人からスタートしたこの部をずっと率いてきた。
高校時代には、全国高校駅伝で優勝した経歴を持つ。
そんな彼女の実力と、どんな時でも部員全員への思いやりを忘れないキャプテンとしてのカリスマ性に憧れ、去年は三名の部員が加入した。それが、今の2年生の代にあたる。
1年の安藤ヘレナ・デュボアは、フランス人の父と日本人の母を持つハーフ。
中学時代、国際大会でとある日本人選手の試合を見たことがきっかけで、その選手を追いかけ、母親の祖国でもある日本へ。
そして彼女はこのアイリス女学院大で六人目の部員となった。
それだけに、人数が足りず駅伝に出られない今のチーム状況を残念がっている。
ちなみに”効果が無い”という日本語は、某有名RPGゲームで覚えたらしい。
2年の二神心枝(ふたがみ このえ)も、この先のことが心配になっていた。
キャプテンである蓮李の、2歳年下の妹。
貧血気味で怪我も多く、走りのほうはまだまだだが、心優しく機転が利き、選手のみの六名しかいない現在のチームではマネージャー的存在となっている。
本人は、姉の実力を自分と比べて少し気にしている。
他のメンバーが言いづらいことでも、朝姫ならいとも簡単に言えてしまうことがよくある。
この裏表の無い性格から、チーム内では何かと頼りにされている。
この特徴的な喋り方は、4年生の歌川茉莉(うたがわ まつり)。
丸眼鏡がトレードマークで、チームのブレーン的存在。
この街で開催され、大学女子日本一を決める、横浜みなと駅伝。通称、”みなと駅伝”。
それに出場するため、二年前、アイリス女学院大学駅伝部は発足した。
当初は、今の四年生である蓮李と茉莉しかいなかったが、高校時代に輝かしい実績を残していた二人に憧れ、次第に後輩が入学していき、今では部員は六名となった。
しかし、6月に行われる予選会までに七名のエントリーメンバーを揃えることができなければ、今年4年生の二人はその時点で引退となってしまう。
何としてもあと一人、部員を集めなければいけない。