【第8話】 憧れのニンジャランナー (後編)
文字数 3,113文字
ナレーション:
マツリ・ウタガワは、転倒により最下位に落ちてしまいました。
私の記憶では、前の集団とは既に20mほど差がついていたと思います。
序盤でこれだけの差がついてしまったら、距離的にも精神的にも、逆転するどころか前の集団に追いつくことすら難しい……。
それは、トラック競技を少し知っていれば誰でも分かることです。
専門はトライアスロンだから少し違うとはいえ、それをプロである父が言っているのが、私にはちょっとビックリでした。
ヘレナ父:
彼女の目は、まだ諦めていない。
すぐに立ち上がって、前を追いかけている。
ナレーション:
父の言う通り、マツリ・ウタガワはその後も懸命に前を追っていきました。
そしてついに。
ヘレナ:
すごい! 一人抜いた! あ、また!
コーナーのたびに加速して、どんどん抜いていく!
先頭集団にも追いつきそう!
ヘレナ父:
身体が小さい分、ロスが少ないんだろう。
それに、この選手なかなか、根性がある。
ヘレナ:
でも、あんなちっこい身体じゃ、前の3人の壁は崩せそうにないわ……。
ヘレナ父:
……あぁ!! 先頭だ!! 先頭にいる!!
ヘレナ:
いつの間に!?
(水濠の手前では、確かに先頭3人の真後ろにいたのに、一体どうやって……? 途中から他の選手の影に隠れてて、全然見えなかった……)
ヘレナ:
ニンジャだ!!
ねぇ、パパ! あれ、ニッポーヌのニンジャだよ! ニンジャ!
ヘレナ父:
はっはっはっは。
ママから、ニッポーヌのニンジャはもうほとんど死んだって聞いて、僕はガッカリしたんだけど……
こんなところで、生きていたんだな!
ヘレナ:
頑張れーーー!! マツリ・ウタガワーーー!!
ナレーション:
結局、マツリさんは、最後のストレートでポーランドの選手に抜かれ、準優勝でした。
翌日も試合を見学しましたが、私の心に一番残ったのは、最初に見たマツリさんの走りでした。
そのあと父が、フランス選手団のコーチを務めている友人に会いにいくというので、選手が宿泊しているホテルへ私も一緒について行くことになりました。
ヘレナ父:
いやぁ、あのフランス選手の、あのタイミングでのスパートは、非常に素晴らしかった。彼は将来有望だよ。
ヘレナ父の友人:
ん? ヘレナちゃん、ソワソワしてどうしたんだい? トイレなら向こうにあるよ。
ヘレナ:
ううん。ねぇ、パパ。このホテルにはニッポーヌの選手も泊まっているの?
ヘレナ父:
あ! そうだ! あとでママに頼んで、昨日のニッポーヌの選手と会わせてもらおうか!
ヘレナ父の友人:
おやおや、そんなに気に入ってる選手がいるのかい?
ヘレナ:
うん! その選手に会って、私、あなたの一番のファンです!って伝えるのよ!
ヘレナ父:
ちょっと待ってね。ママに連絡してみよう。
ヘレナ母:
今日は試合がなくて、さっきまで練習していたんですって。
シャワーを浴びたらここのロビーまで来てくれるそうよ。
ここで座って待ってるといいわ。
あ、ちゃんと日本語で話してあげるのよ?
私、むこうで今日の報告書を書いているから、分からない日本語がある時は呼んでちょうだい。
ヘレナ:
(は〜〜〜、会ったらどんなことを話しましょう……。
そうだ、連絡先を聞くのよ、ヘレナ。
うん、そうよ。まずは文通トモダチになりましょう。
あ〜〜〜、そういえば私、どうして手ぶらなの! 何かプレゼントを持ってくれば良かったわ!
日本ではオ・モ・テ・ナ・シの心が大事とママから聞いたことがあるもの!
あ〜〜〜、わざわざ押しかけて、手土産も無しだなんて、日本人からしたら、きっと私、ただの失礼なフランス女だわ!
せっかく来てくれるんだから、何かフランスらしいものが手元にあったら良かったのに……。
あー、どうしましょう、どうしましょう。)
ヘレナ:
(あ! 誰か来たわ! ニッポーヌの選手かしら!)
ヘレナ:
あ、あの、ワタシ、ニッポーヌの、マツリ・ウタガワに、会いたくて!
その、マツリ・ウタガワは、これから来ますか?
茉莉:
はて。いかにも、私がその、"マツリ・ウタガワ"ですが。
ヘレナ:
(えっ、えっ、えっ、だって、マツリ・ウタガワは、もっとキリッとしていて、ジャンプが上手くて、もっとこう……ニンジャで! ……えっ、えー?)
ヘレナ:
えーっと、あの、あの、えーっと……お、オスクゥー、ママーン! Au secours, maman !! (助けて、ママ〜!!)
ヘレナ:
ホント〜に、ごめんなさい!!
ワタシ、最初、全然気づかなくって!!
(緊張して、急に日本語が喋れなくなっちゃうし、もう私、ボロボロ。)
茉莉:
あっはっはっはっは。確かに! 試合ではメガネをかけていませんでしたからな!
ヘレナ:
(でしたからな??? 初めて聞く日本語だわ。)
あ、どうぞ、もう、メガネをおかけください。
茉莉:
それでは、お言葉に甘えて。(よいしょっと。)
ヘレナ母:
でもよかったわねぇ。
この子、昨日帰ってからもずーっと、あなたの話をしていたのよ。
茉莉:
あはは。昨日は水濠のところでバランスを崩して、思いっきり尻餅をついてしまいましたからな。
いやあ〜、お恥ずかしい。
ヘレナ:
そんなことないです!
あそこからすぐに立ち上がって! どんどん選手を抜いて! すっごくかっこよかったです!
あれは、めっちゃニンジャでした!
茉莉:
めっちゃニンジャ!
ははは。面白いことを言いますな。
茉莉:
最近、視力が落ちてメガネを掛けるようになったのですがね、まだ試合では掛けたことがなくて……。
外して出場してみたら、もうメガネに慣れてきてるせいか、かえって手元が狂ってしまいましてな。
ナレーション:
その後、色々な話をしました。
すごく失礼なことを言ってしまったのに、マツリさんは気さくに話してくれて、私たちはすぐに仲良くなりました。
そして、私は決意します。
私はその後、日本の高校に進学しました。
(こういう時、半分日本人でホントによかったーって思いマシタ! 涙)
(ケド、日本語下手から、大変だたー! 滝涙)
今は、アイリス女学院大学に入学し、なんとマツリさんと同じチームにいます。
(マツリさんは頭が良すぎて、高校は同じところには入れなかった……、汗)
(というか3歳離れてるからマツリさんはもう居なかった〜! 泣)
アイリスに入って、仲間もできました。
今の夢は、このチームで、みなと駅伝で優勝することです。
そしてできれば、マツリ先輩と、タスキを繋ぎたい。
その夢に向かって、ワタシは走り続けます。
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