3章-11
文字数 1,749文字
同時刻、ペニーレインから数百キロ離れた街の警察署の一室で、先輩、後輩にあたる二人の刑事が会話をしていた。
「で、容疑者は罪を認めたんですか?」
後輩の刑事に訊かれた先輩が苦々しく答える。
「それが、認めてるのか、否認してるのか。本人もまだ、自分がなにをしでかしたのか、よくわかっていないと言うか……」
「どういうことですか?」
「うーん。性交渉は認めてるんだが、『和姦です』と言ってみたり、『もしかしたら、僕はレイプをしたんでしょうか?』と、逆に俺に質問をする始末だ。少なくとも、奴は被害届けが出されたことが今もって信じられないみたいだ。だから、一晩経っても混乱してるんだろう」
言って、先輩刑事はタバコに火をつけた。後輩刑事もタバコを取り出しながら口を開いた。
「先輩。これは僕の想像なんですが、レイプってそんなに簡単なことでしょうか? 本気で抵抗されたら、なかなか厄介なんじゃないでしょうか?」
「まあな。だが、奴は自分自身で強姦の可能性も示唆してるんだ。もっとも、あくまでも『可能性』で、さっき言ったとおり、奴自身、そこは混乱してるようだがな。しかし、やっぱりこれはレイプだよ」
「なぜ?」
後輩刑事は、煙と一緒に疑問の言葉を吐き出した。
「まず、犯行現場は人気がなく、近隣のアパートの明かりがかろうじて漏れているだけの真っ暗に近い状況だった」
「え? じゃあ、容疑者は相手の顔を……」
「ああ、見ていないそうだ。だから、奴は、厳密には誰とやったのか自分でもわかっていない。そこへ持ってきて、被害届けが出されたものだから、自分のしたことはレイプだったのではと焦っている。と同時に、それを認めることもできずにいる」
「容疑者がレイプと認めない理由は?」
先輩刑事は、下唇を突き出し、煙を前髪に吹きかけると続けた。
「さっきのお前の言葉じゃないが、被害者がまったく抵抗しなかったからだ。でも、これを見てみろ」
先輩刑事は、ビニール袋に入った凶器をテーブルに置いた。それを見て、後輩刑事が軽く呻いた。
「容疑者は、この凶器で被害者を脅したと……」
「ああ。薄暗いとはいえ、男の言葉で奴が凶器を持っていることがわかり、身の危険を感じたそうだ。そりゃ彼女も暴れないよ。かわいそうに。恐怖のあまり、悲鳴も出なかったらしい」
後輩刑事は、凶器に目を落としながら、今回の件はやはりレイプだと考えた。が、ある疑念も生じていた。そこで、灰を落とすとそれを言葉にした。
「先輩。あの、お互いに顔もわからない状況で、なぜ被害者は容疑者を特定できたんでしょう?」
「なーに、簡単なことさ。なにを思ったか、事を終えたあと、奴が自分の名前を被害者に名乗ったからさ。そして、奴のアパートに行ったらあっさりと事実を認めたというわけだ。こうして、被害者が供述した凶器も持っていた」
先輩刑事が、凶器の入ったビニール袋を左手で揺らす。だが、彼の一言で、後輩刑事の考えがまた反転した。
「ちょ、ちょっと待ってください。でも、それって、容疑者が自分はレイプはしていないと思っているってことじゃないですか? 立ち去るときに自分の名を名乗る強姦魔がどこにいます?」
先輩刑事は、タバコを揉み消しながら、少し困惑の色を浮かべた。
「確かにな。そのあたりは、もう少し奴を取り調べる必要はある。わざわざ被害者に名を残している以上、奴は本気で合意の上のセックスだったと思っている節があるからな。だけど、奴の供述はいちいち奇妙なんだよな……」
「奇妙?」
「ああ。奴は、『そろそろ、セックスの最中に僕の名前を叫んで欲しかったんです』と言ってる。それに、奴の言い分では、凶器は『プレイ』」
「プレイ?」
「ああ。セックスを盛り上げるための道具ということだ。今回の事件は、つい先日まではかろうじて常夜灯が一基だけ灯り、昨晩、その一基が壊れてしまった真っ暗な公園で発生している。そして、奴は約二十日間、毎晩その公園のベンチで鋭利なナイフ片手に女とセックスを楽しんでいたそうだ。しかし……」
「しかし?」
「年上のその人妻が、一週間前から突然姿を見せなくなったということだ」
「で、容疑者は罪を認めたんですか?」
後輩の刑事に訊かれた先輩が苦々しく答える。
「それが、認めてるのか、否認してるのか。本人もまだ、自分がなにをしでかしたのか、よくわかっていないと言うか……」
「どういうことですか?」
「うーん。性交渉は認めてるんだが、『和姦です』と言ってみたり、『もしかしたら、僕はレイプをしたんでしょうか?』と、逆に俺に質問をする始末だ。少なくとも、奴は被害届けが出されたことが今もって信じられないみたいだ。だから、一晩経っても混乱してるんだろう」
言って、先輩刑事はタバコに火をつけた。後輩刑事もタバコを取り出しながら口を開いた。
「先輩。これは僕の想像なんですが、レイプってそんなに簡単なことでしょうか? 本気で抵抗されたら、なかなか厄介なんじゃないでしょうか?」
「まあな。だが、奴は自分自身で強姦の可能性も示唆してるんだ。もっとも、あくまでも『可能性』で、さっき言ったとおり、奴自身、そこは混乱してるようだがな。しかし、やっぱりこれはレイプだよ」
「なぜ?」
後輩刑事は、煙と一緒に疑問の言葉を吐き出した。
「まず、犯行現場は人気がなく、近隣のアパートの明かりがかろうじて漏れているだけの真っ暗に近い状況だった」
「え? じゃあ、容疑者は相手の顔を……」
「ああ、見ていないそうだ。だから、奴は、厳密には誰とやったのか自分でもわかっていない。そこへ持ってきて、被害届けが出されたものだから、自分のしたことはレイプだったのではと焦っている。と同時に、それを認めることもできずにいる」
「容疑者がレイプと認めない理由は?」
先輩刑事は、下唇を突き出し、煙を前髪に吹きかけると続けた。
「さっきのお前の言葉じゃないが、被害者がまったく抵抗しなかったからだ。でも、これを見てみろ」
先輩刑事は、ビニール袋に入った凶器をテーブルに置いた。それを見て、後輩刑事が軽く呻いた。
「容疑者は、この凶器で被害者を脅したと……」
「ああ。薄暗いとはいえ、男の言葉で奴が凶器を持っていることがわかり、身の危険を感じたそうだ。そりゃ彼女も暴れないよ。かわいそうに。恐怖のあまり、悲鳴も出なかったらしい」
後輩刑事は、凶器に目を落としながら、今回の件はやはりレイプだと考えた。が、ある疑念も生じていた。そこで、灰を落とすとそれを言葉にした。
「先輩。あの、お互いに顔もわからない状況で、なぜ被害者は容疑者を特定できたんでしょう?」
「なーに、簡単なことさ。なにを思ったか、事を終えたあと、奴が自分の名前を被害者に名乗ったからさ。そして、奴のアパートに行ったらあっさりと事実を認めたというわけだ。こうして、被害者が供述した凶器も持っていた」
先輩刑事が、凶器の入ったビニール袋を左手で揺らす。だが、彼の一言で、後輩刑事の考えがまた反転した。
「ちょ、ちょっと待ってください。でも、それって、容疑者が自分はレイプはしていないと思っているってことじゃないですか? 立ち去るときに自分の名を名乗る強姦魔がどこにいます?」
先輩刑事は、タバコを揉み消しながら、少し困惑の色を浮かべた。
「確かにな。そのあたりは、もう少し奴を取り調べる必要はある。わざわざ被害者に名を残している以上、奴は本気で合意の上のセックスだったと思っている節があるからな。だけど、奴の供述はいちいち奇妙なんだよな……」
「奇妙?」
「ああ。奴は、『そろそろ、セックスの最中に僕の名前を叫んで欲しかったんです』と言ってる。それに、奴の言い分では、凶器は『プレイ』」
「プレイ?」
「ああ。セックスを盛り上げるための道具ということだ。今回の事件は、つい先日まではかろうじて常夜灯が一基だけ灯り、昨晩、その一基が壊れてしまった真っ暗な公園で発生している。そして、奴は約二十日間、毎晩その公園のベンチで鋭利なナイフ片手に女とセックスを楽しんでいたそうだ。しかし……」
「しかし?」
「年上のその人妻が、一週間前から突然姿を見せなくなったということだ」