1章-4

文字数 1,223文字

「The world is at your command? 世界はあなたの思うがまま。なんだ、これ? ビートルズの『ひとりぼっちのあいつ』の歌詞じゃないか」

 知らない人から意味不明の件名で届いたメール。本文にいたっては、件名に拍車をかけて奇怪であった。日本語で書かれてはいたが、一度読んだだけで理解できる内容ではない。否、理解しようとするのが無駄に思える荒唐無稽な文章だった。

 雄太の元に届いたメールは、「コマンドメール」と題されたおとぎ話と、そのコマンドメールの使用説明であった。それをそのまま信じれば、コマンドメールなるものを出せば、自分がメールアドレスを知っている者なら誰でも、自分の思うがままに操れるというのだ。

 もし、雄太がアメリカ大統領のメールアドレスを知っていたら、「核のボタンを押せ」とメールを出せば、世界を滅亡させることもできる。逆の使い方をすれば、この世を飢えも貧困もない平和な天国にすることもできる。なんとも壮大な話。だから、「The world is at your command」というわけだ。

 では、そのコマンドメールはどうやったら出せるのか。方法はいたって簡単だ。特別なスマートフォンが必要なわけではない。雄太にこの意味不明のメールを出した人物は、署名から名前は「ヨーコ」とわかった。今まさしく、そのヨーコのメールアドレスが差出人欄に表示されている。

 仮に、雄太がコマンドを下したい相手を恋人の美帆とする。この場合、雄太は、美帆のメールアドレスを件名欄に書き、美帆に実行させたい命令を本文に書いて、今受け取ったメールに返信する。メールは、当然ヨーコに届く。すると、その瞬間に、美帆は雄太の命令どおりの行動を起こすというのだ。

 こんな妄言、雄太でなくてもはなから信用はしないだろう。だが、雄太はメールの中のある箇所に引っ掛かりを覚えていた。
 
――コマンドは三回まで下せるよ。
  だけど、タダじゃないから。
  一度目は、児玉雄太さんの全財産の三分の一、つまり、985,641円をもらうから。
  二度目は、全財産の半分。
  そして、三度目には全財産をもらって、そうしたらコマンドメールの効力はそれでおしまい――

 ヨーコなる人物が、なぜ自分のフルネームを知っているのかも気に掛かったが、それよりも、「全財産の三分の一、つまり、985,641円をもらうから」のくだりである。

 少なくともヨーコは、自分の名前までは的中させている。そんな相手に円単位で自分の財産を明示されたら、確認の一つもしなければどうにも気味が悪くてしかたがない。万が一、金額までもが当たっていたら――。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 数分後、雄太は預金通帳と財布を握り締めながら武者震いをしていた。雄太の全財産は、985,641円の三倍、2,956,923円であった。一円の狂いもない。「万が一」が「現実」になった。
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