3章-10
文字数 1,309文字
その夜、千夏はいつものように静かにベッドに入った。寝入っている夫は、これまたいつものように不健康に白い、湿疹の目立つ脇腹をかいている。
メタボの夫を見ていると、夢の中でレイプされるくらいはかまわないのではないか。ふと、そんな思いが脳裏をよぎった。一方で、自分は貞淑な妻である、という自負もあった。相反する思いが千夏の胸を締め付けた。
どうするか。今日は寝ないで、明日こそ樫村医院の診察を受けるか。それとも、いっそのこと寝てしまうか。
だが、「寝ない」という選択肢はすぐに消えた。なぜか今夜は猛烈に眠い。とても徹夜などできそうにない。となると眠るしかない。それはすなわち、今夜も男に犯されることを意味する。
そのとき、千夏はやっとスリーピング・ビューティーのことを思い出した。
(夢を遮断するアイテムねえ。馬鹿らしいけど、耳栓代りくらいにはなるわよね)
実際に、耳栓が欲しいほどのノイズが夫の鼻から漏れている。
「よし。今夜は耳栓をして寝て、明日きちんと診断してもらおう」
◆◇◆◇◆◇◆◇
一週間後の昼下がり。千夏は、ペニーレインのカウンターで興奮気味にまくし立てていた。
「それがね、ヨーコちゃん。信じてもらえないかもしれないけど、本当にあの耳栓をしてから、まったく夢を見なくなったの」
「ちょっとお姉さん。日本語が無茶苦茶。信じてもらえないかも、ってなによ。作ったのは私よ。それじゃあまるで、猿に向かって『信じてもらえないかもしれないけど、あなたは猿よ』って言ってるようなもんじゃない。それに、『耳栓』じゃないわよ。スリーピング・ビューティー。れっきとした夢を遮断するマシンよ」
「あ、そうだったわね。とにかく、スリーピング・ビューティーの効果は半端じゃないわ。これで完全に悪夢から解放された。ヨーコちゃんのおかげよ」
そこで、マスターが会話に割り入った。
「スリーピング・ビューティーで、生き霊が一人、里谷さんの夢から締め出されたわけですね。でも……、本当にそれでよかったんですか?」
「それでよかったって?」
「あ、いや、聞かなかったことにしてください。まあ、めでたしめでたしだ。里谷さん、これでもうレイプに苦しむ必要はありません。だから言ったでしょう。ヨーコちゃんの発明品は凄いって」
「本当に。なにせ、二十日間、正規の医師に処方してもらった薬でも治らなかったあの悪夢を、この一週間ただの一度も見ていないんですから。本当に、眠れる森の美女のようにぐっすりと眠れて。まさしく『スリーピィング・ビューティー』ね」
ヨーコとマスターは瞳だけで会話を交わすと、ヨーコは首をすくめ、マスターは人差指で頬をかいた。
千夏は、二人の様子に気付くことなく、コーヒーを見詰めながら心の中で呟いていた。
(そうよ。これでよかったのよ。私が愛しているのは夫、一人。な、なによ、あの無骨な男は……。若さと体力だけしか取り柄がないような男に用はないわ。私は、もう二度とあんな男の夢は見ない。スリーピィング・ビューティーのおかげで安心こそすれ、不満なんかあるわけがない……)
メタボの夫を見ていると、夢の中でレイプされるくらいはかまわないのではないか。ふと、そんな思いが脳裏をよぎった。一方で、自分は貞淑な妻である、という自負もあった。相反する思いが千夏の胸を締め付けた。
どうするか。今日は寝ないで、明日こそ樫村医院の診察を受けるか。それとも、いっそのこと寝てしまうか。
だが、「寝ない」という選択肢はすぐに消えた。なぜか今夜は猛烈に眠い。とても徹夜などできそうにない。となると眠るしかない。それはすなわち、今夜も男に犯されることを意味する。
そのとき、千夏はやっとスリーピング・ビューティーのことを思い出した。
(夢を遮断するアイテムねえ。馬鹿らしいけど、耳栓代りくらいにはなるわよね)
実際に、耳栓が欲しいほどのノイズが夫の鼻から漏れている。
「よし。今夜は耳栓をして寝て、明日きちんと診断してもらおう」
◆◇◆◇◆◇◆◇
一週間後の昼下がり。千夏は、ペニーレインのカウンターで興奮気味にまくし立てていた。
「それがね、ヨーコちゃん。信じてもらえないかもしれないけど、本当にあの耳栓をしてから、まったく夢を見なくなったの」
「ちょっとお姉さん。日本語が無茶苦茶。信じてもらえないかも、ってなによ。作ったのは私よ。それじゃあまるで、猿に向かって『信じてもらえないかもしれないけど、あなたは猿よ』って言ってるようなもんじゃない。それに、『耳栓』じゃないわよ。スリーピング・ビューティー。れっきとした夢を遮断するマシンよ」
「あ、そうだったわね。とにかく、スリーピング・ビューティーの効果は半端じゃないわ。これで完全に悪夢から解放された。ヨーコちゃんのおかげよ」
そこで、マスターが会話に割り入った。
「スリーピング・ビューティーで、生き霊が一人、里谷さんの夢から締め出されたわけですね。でも……、本当にそれでよかったんですか?」
「それでよかったって?」
「あ、いや、聞かなかったことにしてください。まあ、めでたしめでたしだ。里谷さん、これでもうレイプに苦しむ必要はありません。だから言ったでしょう。ヨーコちゃんの発明品は凄いって」
「本当に。なにせ、二十日間、正規の医師に処方してもらった薬でも治らなかったあの悪夢を、この一週間ただの一度も見ていないんですから。本当に、眠れる森の美女のようにぐっすりと眠れて。まさしく『スリーピィング・ビューティー』ね」
ヨーコとマスターは瞳だけで会話を交わすと、ヨーコは首をすくめ、マスターは人差指で頬をかいた。
千夏は、二人の様子に気付くことなく、コーヒーを見詰めながら心の中で呟いていた。
(そうよ。これでよかったのよ。私が愛しているのは夫、一人。な、なによ、あの無骨な男は……。若さと体力だけしか取り柄がないような男に用はないわ。私は、もう二度とあんな男の夢は見ない。スリーピィング・ビューティーのおかげで安心こそすれ、不満なんかあるわけがない……)