3章-6

文字数 1,405文字

「まさか……、図星なんですか?」
 千夏は、下を向いたまま頬を紅潮させた。

「図星……、なんですね」
「…………」

「あの、失礼ですがお名前は?」
「え? 里谷です」

「里谷さん。あなた、さっき、すぐ近くの病院に行った、って言ってましたね。樫村(かしむら)医院ですね。心療内科では定評のある病院だ。心療内科にかかろうと思うほど思い悩んでいるってことですね?」

 ここまで知られてしまったら、覚悟を決めたほうがよいであろう。千夏は力なくうなずいた。

「それに、先ほど、けがらわしくて怖い夢、って言ってた。夢の中で、相当むごいことをされてるわけですね。あ、答えなくて結構ですよ。僕はヨーコちゃんのように人の心は読めませんが、話がここまでくれば、おおかた検討はつきますから。答えたいときだけ答えてください」

「わかりました」

「まず、けがらわしい、ということですが、それは、相手の男が好みではない、ということですね?」

 その一言に、千夏は眉間を膨らませた。

「どこの世界に、レイプする男を好む女がいますか!」

「ごもっともです。ただ、僕の言っているのは、男がタイプなのか、そうでないのか、という点です。失礼ですが、里谷さん、ご結婚は?」

「しています」

「わかりました。要するにこういうことです。仮に、夢の中のレイプ犯がご主人だったら、里谷さんはその夢をけがらわしいと思いますか?」

(主人が私をレイプ? 世間体をなによりも気にする神経質なあの人が?)

 千夏は、自分の想像に苦笑を浮かべた。

「相手が主人なら、それはけがらわしいとまでは言えないでしょうね。まあ、あり得ない仮定ですが」

「ということは、夢の中の男は、むしろご主人とは正反対の男。そういう解釈でいいですか?」

 千夏は言葉を返さなかった。再び、コーヒーを口に含む。

「じゃあ、怖いのはなぜでしょう? 相手が力づくだからですか?」

 今度は、千夏は反射的に口を開いた。

「レイプされて怖くないはずがないでしょう! それに、レイプなんだから力づくに決まってるじゃないですか!」

「それはそうですけど……。ただ、僕はもちろん経験はありませんが……」

 マスターは照れ笑いで一度言葉を切った。そして、タバコの灰を落としながら続けた。

「男の立場で言わせてもらうと、レイプって簡単なことじゃないんですよ。未成年が後ろにいてちょっと言いづらいんですが……」

 マスターが後ろを向くと、ヨーコは頭を振りながら鼻歌を口ずさんでいた。

「女性の秘部に無理矢理挿入するって、本気で足をバタバタされて抵抗されたら、相当な腕力の持ち主でもなかなかできることじゃない。抵抗はしてるんですか?」

「そ、それは、その……」

「助けは呼んでますか?」

「呼んでも無駄です。人気(ひとけ)のない公園のベンチですから……」

「レイプされるのは毎回、そこですか?」

 言うと、マスターは火を揉み消した。

「はい。いつも薄暗い公園です」

「でも、たとえ無駄な叫びでも、そんな状況になったら『助けてー』くらいは叫ぶんじゃないですか?」

「それが、叫べないんです。叫べないくらい怖いんです」

「それは、男の風貌が?」

「いえ。男はナイフを持っているんです。それで脅すんです。だから抵抗しない……、いえ、抵抗できないんです」
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