5章-6
文字数 1,256文字
「大丈夫、お姉さん?」
悲鳴とともに椅子から転げ落ちた江利子に、ヨーコがカウンターから身を乗り出しながら訊いた。
「う、動いた……。ちょっと。今、この置き物、私の手を舐めたわよ。ねえ、信じられる?」
江利子は、尻もちをついたまま声を震わせた。
「信じられる、って……」
ヨーコが呆れたようにため息をつく。
「そりゃあ動くわよ。そのように作ったんだから。それに、いい加減、置き物、はやめてくれない。これはロボットなの。わかったでしょう、今ので」
確かに動いた。確かに置き物ではない。これはロボットだ。それを認めたくないのは、そのロボットがあまりにリアル過ぎたためだ。
江利子は、まだ呆然としていたが、とにもかくにも椅子に座り直そうと尻を持ち上げた。その様子を見ながらヨーコが言った。
「この子犬型ロボット。厳密にはコードネーム『21ZNA9』って言うんだけど、さっきロッカーで初期起動するときに、『レオ』って呼びかけに反応するように設定したの」
「レオ?」
再び椅子に座ると江利子がオウム返しをした。
「うん。咄嗟だったから、私が子どもの頃可愛がっていた愛犬の名前にしちゃった」
ヨーコは赤い舌を出したが、すぐに真顔になった。
「だから、お姉さんも可愛がらないと承知しないわよ」
「いや。だから、私、いらないって。ロボットなんて、ある意味、置き物より気味が悪いわ」
「それは今だけよ。すぐに愛着が湧くわ。それに、この子もあっと言う間に成長するし」
「え! もっと大きくなるの?」
「違うよ。ディープラーニングで頭脳が成長するってこと。ちなみに、今はまだ、初期設定した二種類のコマンドしか理解できないけど……」
そこで、江利子がヨーコの説明を遮った。明らかに、ロボットに興味を持ち始めている証だ。
「二種類のコマンドってなに?」
「どちらも、『レオ』って言葉なんだけど、高い声で『レオ』って呼び掛ければ、その声の方向に走り出すよ。もう一つは、低い声で『レオ』って語り掛ければ、その方向に向くわ。ちなみに、自分への呼び掛けの『レオ』なのか、単に会話の中での『レオ』なのかも識別するの。だから、さっきから『レオ』『レオ』って言っててもまったく反応しないでしょう」
「…………」
「なんか、お姉さん、信じてないみたいね。じゃあ、ちょっとやってみる? さすがにお店の中を走り回られたら困るし、まだ起動したばかりで動作が不安定だから、低い声のほうの『レオ』を試してみるね」
江利子は無言のままだった。信じる、信じない、という話ではなく、完全に混乱していた。そんな江利子に構わずに、ヨーコは自分に尻尾を向けて立っているロボットに向かって低い声を出した。
「レオ」
すると、ぎこちない動きながら、ロボットはヨーコの顔を確かめるかのように体を反転させた。
その動作を目の当たりにし、しかし、江利子はもはや驚くことはなかった。完全に現実を受け入れている自分がいた。
悲鳴とともに椅子から転げ落ちた江利子に、ヨーコがカウンターから身を乗り出しながら訊いた。
「う、動いた……。ちょっと。今、この置き物、私の手を舐めたわよ。ねえ、信じられる?」
江利子は、尻もちをついたまま声を震わせた。
「信じられる、って……」
ヨーコが呆れたようにため息をつく。
「そりゃあ動くわよ。そのように作ったんだから。それに、いい加減、置き物、はやめてくれない。これはロボットなの。わかったでしょう、今ので」
確かに動いた。確かに置き物ではない。これはロボットだ。それを認めたくないのは、そのロボットがあまりにリアル過ぎたためだ。
江利子は、まだ呆然としていたが、とにもかくにも椅子に座り直そうと尻を持ち上げた。その様子を見ながらヨーコが言った。
「この子犬型ロボット。厳密にはコードネーム『21ZNA9』って言うんだけど、さっきロッカーで初期起動するときに、『レオ』って呼びかけに反応するように設定したの」
「レオ?」
再び椅子に座ると江利子がオウム返しをした。
「うん。咄嗟だったから、私が子どもの頃可愛がっていた愛犬の名前にしちゃった」
ヨーコは赤い舌を出したが、すぐに真顔になった。
「だから、お姉さんも可愛がらないと承知しないわよ」
「いや。だから、私、いらないって。ロボットなんて、ある意味、置き物より気味が悪いわ」
「それは今だけよ。すぐに愛着が湧くわ。それに、この子もあっと言う間に成長するし」
「え! もっと大きくなるの?」
「違うよ。ディープラーニングで頭脳が成長するってこと。ちなみに、今はまだ、初期設定した二種類のコマンドしか理解できないけど……」
そこで、江利子がヨーコの説明を遮った。明らかに、ロボットに興味を持ち始めている証だ。
「二種類のコマンドってなに?」
「どちらも、『レオ』って言葉なんだけど、高い声で『レオ』って呼び掛ければ、その声の方向に走り出すよ。もう一つは、低い声で『レオ』って語り掛ければ、その方向に向くわ。ちなみに、自分への呼び掛けの『レオ』なのか、単に会話の中での『レオ』なのかも識別するの。だから、さっきから『レオ』『レオ』って言っててもまったく反応しないでしょう」
「…………」
「なんか、お姉さん、信じてないみたいね。じゃあ、ちょっとやってみる? さすがにお店の中を走り回られたら困るし、まだ起動したばかりで動作が不安定だから、低い声のほうの『レオ』を試してみるね」
江利子は無言のままだった。信じる、信じない、という話ではなく、完全に混乱していた。そんな江利子に構わずに、ヨーコは自分に尻尾を向けて立っているロボットに向かって低い声を出した。
「レオ」
すると、ぎこちない動きながら、ロボットはヨーコの顔を確かめるかのように体を反転させた。
その動作を目の当たりにし、しかし、江利子はもはや驚くことはなかった。完全に現実を受け入れている自分がいた。