5章-7
文字数 1,416文字
ヨーコの説明では、レオは高度なAIを搭載しており、飼っていれば、どんどん本物の犬に近付いていく。そのスピードは凄まじく、一日で通常の犬の一ヵ月分の知識を吸収する。さらに、知能に比例して感情も備わっていく。
ただし、あくまでもロボットなので、食事、排泄、睡眠の必要はない。そこが本物との決定的な差で、言い換えれば、あとは本物の子犬同様に、いや、本物以上に賢く振る舞うようになる。当然、飼い主にもなつくし、嬉しければ尻尾も振る。
「永久バッテリー内蔵だから、充電の必要はないよ」
ヨーコが微笑む。
「はあー。凄いもの作ったのね、ヨーコちゃん」
江利子が吐息を漏らす。
「まあ、これくらい朝飯前だけど、実は、体が金属に覆われている以外に、未完成のところがあと二つあるの」
「二つ?」
「うん。一つは、『噛む』という行為は覚えないようにプログラミングしたの。ちょっと自然の摂理に反するから悩んだんだけど、この犬はとりあえずそう作ったわ。ということで、レオは成長しても絶対に噛んだりしないよ」
「ふーん。で、もう一つは?」
江利子にとってはたわいない質問だったが、一瞬、ヨーコは悲しげな表情を見せた。
「レオは吠えられないの」
「え?」
「吠えるだけでなく、一切声は出せないわ」
「どうして?」
「声帯が作れなかったの。犬の声帯を機械で再現するって、思った以上に難しくて……」
ヨーコは沈痛な面持ちだが、江利子にしてみたら、さして重要ではない話に思えた。
「だから鳴けないの。でも、感情が育てば泣くことはできるわ」
「なけない? なける?」
意味不明のヨーコの言葉に、江利子は眉間に皺を作った。
「声は出せないけど、涙は流せる、ってこと」
「あー、そういうこと。でも、ヨーコちゃん。どうしてレオを私に譲ろうと思ったの?」
レオに対する不気味さは消え失せ、江利子はすでにレオをもらうつもりになっていた。
「それは、レオがお姉さんにとって『しあわせを運ぶ犬』だからよ」
「なによ。そのラッキーアイテムみたいな言い方」
江利子は思わず唇の端を持ち上げた。
「そうよ。レオはお姉さんのラッキーアイテムよ。それもとてつもなく大きな幸運をもたらしてくれるわ」
「なにを根拠に?」
江利子が当然の疑問を口にしたときだった。ふと横を見ると、先ほどコーヒーカップを灰皿と間違えた男が立っていた。
「ヨーコちゃん」
すかさずヨーコが電話に手を伸ばす。
「……。わかったよ。はい、これ、コーヒー代。あ、それからさっきはありがとう」
なにが「わかった」のかよくわからないが、男は意気消沈しながら去っていった。ヨーコは束の間、彼の背中を見ていたが、視線を江利子に戻した。
「根拠は……。そうね。予知に対する確信、ってところかな」
ヨーコの言葉は、江利子には意味が不明瞭だった。
「いずれにせよ、ロボットといっても痛みは感じるわ。心も体も。だから、絶対に酷いことしないでね。そして……」
「そして?」
「レオと一緒の暮らしを楽しんで、心を清めて。お姉さん」
◆◇◆◇◆◇◆◇
江利子は、レオを抱えながら店を出るときに、心の中で呟いていた。
(なにがラッキーアイテムよ、くだらない。でも、憂さ晴らしくらいにはなりそうね)
そして、レオの星のような瞳を見詰めると、片頬だけで笑った。
ただし、あくまでもロボットなので、食事、排泄、睡眠の必要はない。そこが本物との決定的な差で、言い換えれば、あとは本物の子犬同様に、いや、本物以上に賢く振る舞うようになる。当然、飼い主にもなつくし、嬉しければ尻尾も振る。
「永久バッテリー内蔵だから、充電の必要はないよ」
ヨーコが微笑む。
「はあー。凄いもの作ったのね、ヨーコちゃん」
江利子が吐息を漏らす。
「まあ、これくらい朝飯前だけど、実は、体が金属に覆われている以外に、未完成のところがあと二つあるの」
「二つ?」
「うん。一つは、『噛む』という行為は覚えないようにプログラミングしたの。ちょっと自然の摂理に反するから悩んだんだけど、この犬はとりあえずそう作ったわ。ということで、レオは成長しても絶対に噛んだりしないよ」
「ふーん。で、もう一つは?」
江利子にとってはたわいない質問だったが、一瞬、ヨーコは悲しげな表情を見せた。
「レオは吠えられないの」
「え?」
「吠えるだけでなく、一切声は出せないわ」
「どうして?」
「声帯が作れなかったの。犬の声帯を機械で再現するって、思った以上に難しくて……」
ヨーコは沈痛な面持ちだが、江利子にしてみたら、さして重要ではない話に思えた。
「だから鳴けないの。でも、感情が育てば泣くことはできるわ」
「なけない? なける?」
意味不明のヨーコの言葉に、江利子は眉間に皺を作った。
「声は出せないけど、涙は流せる、ってこと」
「あー、そういうこと。でも、ヨーコちゃん。どうしてレオを私に譲ろうと思ったの?」
レオに対する不気味さは消え失せ、江利子はすでにレオをもらうつもりになっていた。
「それは、レオがお姉さんにとって『しあわせを運ぶ犬』だからよ」
「なによ。そのラッキーアイテムみたいな言い方」
江利子は思わず唇の端を持ち上げた。
「そうよ。レオはお姉さんのラッキーアイテムよ。それもとてつもなく大きな幸運をもたらしてくれるわ」
「なにを根拠に?」
江利子が当然の疑問を口にしたときだった。ふと横を見ると、先ほどコーヒーカップを灰皿と間違えた男が立っていた。
「ヨーコちゃん」
すかさずヨーコが電話に手を伸ばす。
「……。わかったよ。はい、これ、コーヒー代。あ、それからさっきはありがとう」
なにが「わかった」のかよくわからないが、男は意気消沈しながら去っていった。ヨーコは束の間、彼の背中を見ていたが、視線を江利子に戻した。
「根拠は……。そうね。予知に対する確信、ってところかな」
ヨーコの言葉は、江利子には意味が不明瞭だった。
「いずれにせよ、ロボットといっても痛みは感じるわ。心も体も。だから、絶対に酷いことしないでね。そして……」
「そして?」
「レオと一緒の暮らしを楽しんで、心を清めて。お姉さん」
◆◇◆◇◆◇◆◇
江利子は、レオを抱えながら店を出るときに、心の中で呟いていた。
(なにがラッキーアイテムよ、くだらない。でも、憂さ晴らしくらいにはなりそうね)
そして、レオの星のような瞳を見詰めると、片頬だけで笑った。