1章-5

文字数 1,977文字

 ヨーコは、自分の名前ばかりか、全財産までピタリと当てた。これは疑いようのない事実である。

(だからといって、コマンドメールなんて。第三者を意のままに操れる? そんな馬鹿な話はあり得ない。きっと、新手の詐欺集団に違いない。詐欺をする奴らの情報網は凄い、っていうからな。人の預金通帳くらいは調べればわかっちゃうんだろうな。なぜ財布の中の金額までばれたのかはともかく……、やっぱり関わらないに越したことはない)

 雄太は自己完結を試みたが、他人を意のままに操る、そんななんとも魅惑的なファンタジーが頭蓋骨の内壁面にこびりついてまだ熱を帯びている。未練が残るのは、そのときまさしく、雄太はある人物を意のままに操りたかったためだ。

 雄太はタバコを取り出した。とにかく平静を取り戻したかった。「そんな馬鹿な」と思いながらも、心のどこかで、コマンドメールを使えば彼に復讐ができると、まだそれを信じたい自分がいた。それにすがりたい自分と葛藤しながら煙を吐き出した。

 次のタバコに火をつけたとき、雄太ははたと(ひらめ)いた。

(まあ、あり得るわけはないけど、一度コマンドメールを使ってみるか。たとえ現実にならなくても、そうしたら金を払わなければいいだけの話だ)

 タダで宝くじがもらえる。そんな話を断る人はいない。一等なら大儲けだし、外れても自分の懐はなにも痛まない。雄太は、コマンドメールもそれと同じであると気付いた。これは夢である。現実にならなくて当たり前。そこに論理や科学を求めるほうがそもそも滑稽だ。

 そしてなにより、コマンドメールはタダである。ヨーコが雄太から金を奪う(すべ)はない。コマンドメールを使ったところで、雄太にはなんの損害もない。まったくのノーリスクである。

「となれば、やってみない手はないか……」

 吸い掛けのタバコを灰皿に置くと、雄太は早速本文を作り始めた。といっても、たった一行の文章だった。

――田川、自殺しろ!――

 あとは、田川のメールアドレスを件名欄に書いて、そのメールをヨーコに送ればいい。

 だが、次の瞬間、雄太はもっともな疑問に直面していた。

(「田川」って書いても、コマンドメールにはあの「田川」だとはわからないよな。日本中には「田川」はたくさんいるわけだし、特定できないじゃないか……。仮にフルネームを書いたところで、同姓同名は必ずいるに違いない)

 こんな場合にはどうしたらいいのか、雄太はヨーコからのメールを読み返してみた。すると、次の文章を見つけた。

――もし、わかんないことがあったら、件名を「question」にして、本文に質問を書いてこのメールに返信して。
  ちなみに、サポートは年中無休の無料だよ。
  まあ、すぐに返事が出せるかはわかんないけど――

 コマンドメールがサポート対応のサービスであることを示す一文だった。

――田川、自殺しろ!――

 この一文で田川が自殺するとは雄太も考えてはいなかった。コマンドメールなんて夢物語に過ぎない。しかし、たとえ夢でも、目覚めを悪くし、一日を台無しにするくらいの力を持つのも夢の特徴だ。

 それに、今自分が対峙している疑念に対してヨーコから納得のいく返事でもあれば、夢の輪郭に触れられそうな予感もする。

 相手には、メールアドレスはおろか、すでに名前から財産までばれている。その状況でメールで質問したところで、雄太になにかしらの危害が及ぶとは考えにくかった。

(ちょっと、遊びに付き合ってみるか。コマンドメールの前に、まずはクェスチョンメールだ)

 雄太は、件名欄に「question」と書くと、本文に自分の疑問をしたためた。そして、二分後にはヨーコからの返事を手にしていた。

――大丈夫!
  コマンドメールは、使用者が特定している人物にしか命令は下せないよ。
  だから、児玉さんが意のままにしたい、と思っている人と同姓同名、極端な話、DNAまで一緒の人がいても、命令どおりに動くのは、児玉さんが心に描いている人。
  私が作ったシステムに、赤の他人が迷惑を被るようなバグがあるわけないじゃない――

(私が作ったシステム? この子、本気で言ってるのか? ヨーコって、言葉遣いから推測するに、女子大生、いや、女子高生の可能性もありだけど、完全にぶっ飛んじゃってるな)

 あきれながら雄太がメールをスクロールしていくと、下部に添付写真が現れた。長い黒髪。二重瞼で慈愛に満ちた吸い込まれそうな瞳。比較物はないが明らかに高そうな身長。肉感的な太腿と若者だけが持つことを許された弾力に満ちた白い肌。そして、セーラー服を押し上げている胸元。

 そう。彼女はセーラー服姿だった。

「ヨーコは……、女子高生だ」
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