2章-2

文字数 1,486文字

(なんだ……。この頭の痛さは……。そうか。ゆうべ、スナックに入って、テキーラを何杯か飲んで、その後に焼酎とウィスキー……、それから……)

 隆は、自分の胃袋に流し込んだアルコールのことを思い出そうとした瞬間、猛烈な吐き気に襲われ、慌てて右手を口元に添えた。

「お兄さん。大丈夫?」

 女性の声に隆が苦悶に満ちた顔を上げると、見覚えのない女が心配そうに様子を(うかが)っていた。初めて接する声と顔だが、店内は初見ではなかった。明らかに、ゆうべ足を踏み入れたスナックだ。

 隆は、状況が把握できないままに、左手で不快にうねる下腹部をさすったが、視線は目の前の女に張り付いた。

「ちょっと。私の顔に何か付いてる?」

 女が言った。いや、そうではない。隆は女を見ていたのではない。見とれていたのだ。もっと正確に言えば「女」ではない。そこにいたのは「女の子」であった。

 これまでの三十二年間、隆はこれほど絵になる女の子を見たことがない。隆には、彼女を形容する適切な言葉が浮かばなかった。決して酔いのせいではなく、「美しい」という最上級の形容詞すら拒む彼女を修辞できずにいた。

 詠嘆すべきは顔だけではない。エプロンの上からでも彼女の肉感的なボディーが見てとれる。身長も百七十センチはあるだろう。

 隆は、口元に置いていた右手を離すと、困惑しながら答えた。

「ごめん、ごめん。それより、ここ、スナックだよね。きみは? ゆうべはパイプをふかした男の人がそこにいたんだけど……」

「やっぱり戸惑ってるんだ。お兄さん、ここは夜はスナックなんだけど、日中は喫茶店をしてるのよ。『ペニーレイン』っていうの」

「日中?」

 隆が慌てて腕時計を覗き込むと、針は十時を指していた。自然光の明るさから、午前十時であることは確認するまでもなかった。

(なるほど。痛飲した挙句に寝入ってしまった、というわけか)

「さっき、マスターと店番を変わるときに、相当酔ってそのまま寝てしまった人がいるから、起きたらコーヒーでも出してあげて、って言われたんだけど、なるほどね。マスターの言うとおり、かなりまいってるみたいね。頭痛もひどいんじゃない?」

 彼女の言うとおり、隆は頭が割れそうな痛苦と対峙していた。隆は、右手を一度顔から離すと、親指と薬指でこめかみを押さえた。そして、まだ状況が飲み込めずに、先ほどの彼女の言葉の真否を問いただしてみた。

「うん、そうよ。朝から夕方まではこの店は喫茶店になるの。それより、コーヒー、飲むの? 飲まないの?」

 頭の痛みは決して軽くはなかったが、こんな美少女を前にしたら、隆でなくても関心は“そちら”に向いてしまう。

「昼はきみが一人でこの店切り盛りしてるの? 見たところ、まだ学生のようだけど、高校生? あ、名前は?」

「ちょっと。いい加減にしてよ。私の質問の答えになってないよ。逆に三つも質問してるし」

 頬を膨らます彼女に、隆は鼓膜で心臓が鼓動しているかの情動に襲われた。

「今は出掛けてるけど、店にはマスターがいるよ。あ、夜のスナックのマスターとはまた別のマスターね。私はアルバイト。私、高校生なんだから店主のわけないでしょう」

「ふーん。きみ、高校生か……」

「それより、訊くのはこれが本当に最後よ。コーヒー飲むの? 飲まないの?」

「あ、ごめん。じゃあ、いただこうかな」

 すると、彼女は飛びっ切りの笑顔になった。

「そうこなくっちゃ。あ、さっきの怒涛の質問の最後のやつね」
「え?」
「私の名前はヨーコ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み