4章-5
文字数 2,069文字
(つまらないものを買っちゃったな。でも、そうは言ってもダルマは大願成就の縁起物だし……)
自室に戻った直人は、ダルマを机に置くと、すぐに専用マジックを手に取った。もちろん、なんの期待もしていない。だが、ぞんざいに扱うのも気が引ける。とりあえず、言われたとおりにしてみよう。その程度の心持ちであった。
(せっかくだから、ヨーコさんの言うとおり都清大学にしておくか。まあ、都清大学が受かるわけはないけど、教和大学ならダルマの力を借りなくても合格できる可能性があるし、それじゃダルマを買った意味がないもんな)
「都清大学、都清大学、都清大学」
直人はダルマに向かって手を合わせ、志望校の名を三回唱えると、次に専用マジックでダルマの左目を塗った。
「ハハハ。これでなにもせずに都清大学に合格できたら世話ないや」
直人が、自嘲気味に呟いたそのときだった。直人は目を疑った。ダルマの鼻がもげ落ちたのだ。次の瞬間にはその鼻が中空を舞い、自分の鼻に覆いかぶさった。
「な、なにが起きたんだ!? 俺は夢でも見てるのか!?」
つんざくように叫び、慌てて自分の鼻に触れようとした直人だが、さらなる異常体験が彼を襲った。
「夢じゃないよ」
「え? なんだ、今の声は?」
確かに変声機を通したような声がした。直人はぐるりとあたりを見渡したが、部屋にいるのは自分一人である。
「ボクだよ、ボク」
また声だ。
「なんなんだ!? 幻聴か!?」
「だから、夢でも幻聴でもなくてボクだよ。百パーセント合格ダルマだよ。きみは、今、百パーセント合格ダルマの声を聞いてるんだ」
経験したことのない混乱の中、直人はダルマを見詰めると、恐る恐る尋ねた。
「きみは喋れるのか? 僕は、本当に今、ダルマと話しているのか?」
「そうだよ。きみは今、ダルマのボクと話してるのさ。もっとも、ボクと話せる人は限られている。ボクの鼻を付けた人だけさ」
「…………」
「ボクの鼻を付けた人だけが、ボクの声が聞こえるんだ」
「は、鼻……」
直人の右手は、先ほど自分の鼻に触ろうとしたその位置で小刻みに震えていた。直人は、その手を鼻に置いてみたが、触れたのは自分の鼻ではなかった。明らかに異質の固形物だった。
「なんだこれは!?」
直人は叫びを残して洗面所に走った。そこにある鏡の中にいたのは、ダルマの鼻を顔の中心に置いた自分だった。これでちょび髭でも付ければ、仮装パーティーに出られるだろう。
自室に戻った直人がダルマに訊く。
「おい。なんだこの鼻は。これ、取れるのか?」
「取れないよ。ある条件を満たすまではね」
「ある条件? ふざけないでくれ! ふざけるのは、ダルマのきみが話しているこの信じがたい現実だけで十分だ。こんなみっともない鼻を付けて、これからどうしろって言うんだ!」
「大丈夫。ほかの人にはその鼻は見えないから。誰も不審には思わないよ」
そのとき、ノックの音がした。
「直人、入るわよ」
母親だった。
「さっきから、なに一人で叫んでるの。あなた、大丈夫?」
「う、うん。それより、ちょっと一人にしてくれない?」
「まあ、なんでもないならそれでいいけど。とにかく、しっかり勉強なさいね」
いつもの小言で締めると、母親は部屋を後にした。直人は、扉が閉まる様子を見ていたが、彼の後頭部で再び声がした。
「きみ、直人くんっていうんだ。ほら、直人くん。きみのお母さん、鼻のこと、なにも言わなかったでしょう。彼女には、直人くんの顔に付いてるボクの鼻は見えてないんだ」
「他人には見えない鼻……。わ、わかった。それは信じよう。でも、僕にはきみの鼻が見えるんだ。顔のど真ん中にへばりついている。触ることもできる。こんな鼻、いつまでも付けてるわけにはいかないよ」
「だから、ある条件を満たせば取り外せる、って言ったじゃない」
「ある条件って?」
すると、ダルマが突然大学名を口にした。
「都清大学」
「え?」
呼応するように直人が声を上げる。
「直人くんの志望大学は都清大学だね」
「まあ、そうだけど」
「だったら、都清大学に合格して、ボクの右目を入れれば、その瞬間にボクの鼻は外れるよ」
「合格すればって……。その願いをきみが叶えてくれるんじゃないのか?」
「願いを叶えるか……。まあ、ある意味、ボクがその願いは叶えてあげるよ。だけど、厳密には、ボクができるのはアシストだけさ。実際に頑張るのは、直人くん、きみ自身だよ」
「ちょっと待ってくれ。じゃあ訊くけど、もし僕が都清大学に不合格だったらどうなるんだ」
「そのときは」
「そのときは?」
直人には、ダルマが唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。それは幻聴だったかもしれない。しかし、次にダルマが発した言葉は空耳ではなかった。
「そのときは、直人くんの顔にへばりついたボクの鼻が大爆発するよ。当然、直人くんは頭が吹っ飛んで即死だね」
自室に戻った直人は、ダルマを机に置くと、すぐに専用マジックを手に取った。もちろん、なんの期待もしていない。だが、ぞんざいに扱うのも気が引ける。とりあえず、言われたとおりにしてみよう。その程度の心持ちであった。
(せっかくだから、ヨーコさんの言うとおり都清大学にしておくか。まあ、都清大学が受かるわけはないけど、教和大学ならダルマの力を借りなくても合格できる可能性があるし、それじゃダルマを買った意味がないもんな)
「都清大学、都清大学、都清大学」
直人はダルマに向かって手を合わせ、志望校の名を三回唱えると、次に専用マジックでダルマの左目を塗った。
「ハハハ。これでなにもせずに都清大学に合格できたら世話ないや」
直人が、自嘲気味に呟いたそのときだった。直人は目を疑った。ダルマの鼻がもげ落ちたのだ。次の瞬間にはその鼻が中空を舞い、自分の鼻に覆いかぶさった。
「な、なにが起きたんだ!? 俺は夢でも見てるのか!?」
つんざくように叫び、慌てて自分の鼻に触れようとした直人だが、さらなる異常体験が彼を襲った。
「夢じゃないよ」
「え? なんだ、今の声は?」
確かに変声機を通したような声がした。直人はぐるりとあたりを見渡したが、部屋にいるのは自分一人である。
「ボクだよ、ボク」
また声だ。
「なんなんだ!? 幻聴か!?」
「だから、夢でも幻聴でもなくてボクだよ。百パーセント合格ダルマだよ。きみは、今、百パーセント合格ダルマの声を聞いてるんだ」
経験したことのない混乱の中、直人はダルマを見詰めると、恐る恐る尋ねた。
「きみは喋れるのか? 僕は、本当に今、ダルマと話しているのか?」
「そうだよ。きみは今、ダルマのボクと話してるのさ。もっとも、ボクと話せる人は限られている。ボクの鼻を付けた人だけさ」
「…………」
「ボクの鼻を付けた人だけが、ボクの声が聞こえるんだ」
「は、鼻……」
直人の右手は、先ほど自分の鼻に触ろうとしたその位置で小刻みに震えていた。直人は、その手を鼻に置いてみたが、触れたのは自分の鼻ではなかった。明らかに異質の固形物だった。
「なんだこれは!?」
直人は叫びを残して洗面所に走った。そこにある鏡の中にいたのは、ダルマの鼻を顔の中心に置いた自分だった。これでちょび髭でも付ければ、仮装パーティーに出られるだろう。
自室に戻った直人がダルマに訊く。
「おい。なんだこの鼻は。これ、取れるのか?」
「取れないよ。ある条件を満たすまではね」
「ある条件? ふざけないでくれ! ふざけるのは、ダルマのきみが話しているこの信じがたい現実だけで十分だ。こんなみっともない鼻を付けて、これからどうしろって言うんだ!」
「大丈夫。ほかの人にはその鼻は見えないから。誰も不審には思わないよ」
そのとき、ノックの音がした。
「直人、入るわよ」
母親だった。
「さっきから、なに一人で叫んでるの。あなた、大丈夫?」
「う、うん。それより、ちょっと一人にしてくれない?」
「まあ、なんでもないならそれでいいけど。とにかく、しっかり勉強なさいね」
いつもの小言で締めると、母親は部屋を後にした。直人は、扉が閉まる様子を見ていたが、彼の後頭部で再び声がした。
「きみ、直人くんっていうんだ。ほら、直人くん。きみのお母さん、鼻のこと、なにも言わなかったでしょう。彼女には、直人くんの顔に付いてるボクの鼻は見えてないんだ」
「他人には見えない鼻……。わ、わかった。それは信じよう。でも、僕にはきみの鼻が見えるんだ。顔のど真ん中にへばりついている。触ることもできる。こんな鼻、いつまでも付けてるわけにはいかないよ」
「だから、ある条件を満たせば取り外せる、って言ったじゃない」
「ある条件って?」
すると、ダルマが突然大学名を口にした。
「都清大学」
「え?」
呼応するように直人が声を上げる。
「直人くんの志望大学は都清大学だね」
「まあ、そうだけど」
「だったら、都清大学に合格して、ボクの右目を入れれば、その瞬間にボクの鼻は外れるよ」
「合格すればって……。その願いをきみが叶えてくれるんじゃないのか?」
「願いを叶えるか……。まあ、ある意味、ボクがその願いは叶えてあげるよ。だけど、厳密には、ボクができるのはアシストだけさ。実際に頑張るのは、直人くん、きみ自身だよ」
「ちょっと待ってくれ。じゃあ訊くけど、もし僕が都清大学に不合格だったらどうなるんだ」
「そのときは」
「そのときは?」
直人には、ダルマが唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。それは幻聴だったかもしれない。しかし、次にダルマが発した言葉は空耳ではなかった。
「そのときは、直人くんの顔にへばりついたボクの鼻が大爆発するよ。当然、直人くんは頭が吹っ飛んで即死だね」