3章-8

文字数 1,614文字

「はい、お姉さん。これ」

 控室から再び姿を現したヨーコは、小指の第一関節程度の大きさのカプセルを二つ、千夏の前に置いた。銀色で、いかにもメカニックのような代物だ。

「なに、これ?」
「これはね、名付けて、『ノンレム継続マシン』」

「ノンレム継続マシン?」
 千夏が小首を傾げる。

「そうよ。『辛いメモリー抽出マシン』を改良して作ったの。こんなに小さくても、カプセルの中は最先端のテクノロジーとサイエンスの結晶なんだから」

 千夏は、カプセルの中を見るために一つを手に取ったが、それは完璧にメッキで覆われた楕円形で、薬のカプセルのように両端を引っ張れば開くようなものではなかった。

「これ、開かないじゃない」

「それはそうよ。中身は極秘のメカだし、見られちゃたまらないわ。ちなみに、ダイヤの金槌で殴っても壊れないよ。その割に軽いでしょう?」

 確かに、中は空洞かと思われるほどの軽さであった。

「で、なによ、これ?」

「だから言ったじゃない。ノンレム継続マシンだって。お姉さん、夢を見るメカニズムは知ってる?」

 千夏がかぶりを振ると、ヨーコが端的に解説をした。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 人間は、最初に浅い眠りに入り、その後眠りは徐々に深くなっていく。この深い状態の眠りを「ノンレム睡眠」という。ノンレム睡眠は、いうなれば「脳の睡眠」であり、このときに人間は夢は見ない。

 しかし、眠りは徐々に浅くなっていき、やがては「レム睡眠」状態に入る。レム睡眠は、「筋肉の睡眠」といえる。そして、人間が夢を見るのはこのレム睡眠のときである。

 諸説あるが、レム睡眠のときに「一時的な記憶」を「長期的な記憶」に置き換える作業を脳が行うため、それが夢に影響を与えているとも考えられている。ちなみに、「レム」の語源は、「Rapid Eye Movement」の頭文字の「REM」、すなわち「高速眼球運動」であり、実際にレム睡眠のときには、眼窩(がんか)内で眼球が激しく動いている。

 人間は、このように浅い眠り、深い眠りを、個人差はあるが九十分を一周期として一晩に四~五回繰り返している。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「つまり、寝るときにこのカプセルを耳栓のように両耳に詰めれば、ノンレム睡眠が継続するから夢は見ないってこと」

 千夏は、当然にして黙している。女子高生の戯言(ざれごと)を信じるはずがない。

「あれ? お姉さん、なにを黙ってるの? あ、そうか。レム睡眠がないということは、一時的な記憶が全部消えてしまうんじゃないかって心配なんでしょう? それは大丈夫。それがこのノンレム継続マシンの凄いところなんだけど、記憶力が衰えることはまったくないの。あくまでも夢を遮断するマシンよ」

 すると、マスターが横から口を挟んだ。

「また、ヨーコちゃん、凄いものを作ったね」

(また? この子、年中、こんなものを作ってるわけ? っていうか、マスター、こんな荒唐無稽な話を信じてるの?)

 胸中呟く千夏にかまわずにマスターが続ける。

「でも、ヨーコちゃんって、本当にネーミングのセンスがないよね。ノンレム継続マシンはないんじゃない? 英語と日本語がちゃんぽんじゃないか」

「だって、ノンレム状態が継続するんだもん。そのためのマシンだもん」

「そりゃーそうだけど、もっと女子高生らしく、可愛くて夢のあるネーミング……。あ、『スリーピング・ビューティー』ってのはどうだい?」

「スリーピング・ビューティー? なんで『白雪姫』なのよ」

「白雪姫は『スノウ・ホワイト』だろう?」

「し、知ってるわよ」

「だよね。スリーピング・ビューティー。つまり、『眠れる森の美女』のように深く眠れるアイテム、ってこと」

「へえー。マスター、センスあるじゃない。じゃあ、それでいこう。スリーピング・ビューティーね。フフフ」
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