5章-4
文字数 1,558文字
江利子がレオと出会ったのは二週間前のことだった。
その日、江利子は時々立ち寄る、「ペニーレイン」という喫茶店で、独り、コーヒーを飲んでいた。さびれた商店街にあるために混雑していることもなく、落ち着いて上質なコーヒーを味わえるのが魅力だった。
ところがその日は、江利子の安穏な時間に横やりを入れる光景が眼前で繰り広げられていた。前のテーブル席でこちらを向いて座っている男性客が、灰皿と間違えてコーヒーカップの縁 で吸いさしのタバコを叩いていたのだ。よほど思い悩んでいるのだろうが、そんなことは関係ない。江利子は、タバコの灰が浮かんだコーヒーを想像して胸を悪くした。
(まったく。おかげで、私のコーヒーまでまずくなった気がするわ。私の気分を損ねた罰よ。早く、そのコーヒー飲みなさいよ)
江利子は、男に言葉をかけることもせずに、彼の行動を注視した。すると、男がタバコを右手に持ち替え、左手をコーヒーカップに伸ばした。
(よし! 飲め!)
しかし、男はコーヒーは飲まずに、口元に運んだカップをソーサーに戻した。そして、再びコーヒーカップに灰を落とし始めた。
(ちっ! 早く飲みなさいよ。一気に飲み干して悶絶すればいいんだわ。で、存分に苦しんでから死になさい!)
江利子の願いが通じたのかはともかく、男はまたカップを口元に運んだ。今度こそコーヒーを飲みそうな勢いだ。江利子は、期待に胸踊らせ思わず拳を握ったが、そのタイミングで邪魔が入った。
「ちょっと! ちょっと!」
カウンターにいた女の子が男に駆け寄ってきた。
「児玉さん。灰皿とコーヒーカップ、間違えてるよ」
「え?」
男は、怪訝な顔で目線を落とした。そして、今まさしく灰まみれのコーヒーを飲もうとしていたことに気付き、顔から赤みが引いた。
「わがペニーレインのコーヒーを灰皿代わりにするなんて、たいした度胸じゃない、児玉さん。なんなら、その喧嘩、受けて立ちましょうか?」
女の子の威嚇に、男の顔はさらに蒼白になり、謝罪の言葉を並べ、コーヒーのお代りを注文した。女の子も、きつい言葉を発したことはけろりと忘れ、間一髪間に合ったという安堵の表情を見せた。そして、カウンターに戻ろうとしたときだった。
「ねえ、お姉さん。いつもテーブル席で独りだけど、今日はあっちで一緒に話さない?」
女の子は、江利子に声を掛けるとカウンターを指さした。だが、江利子はきっぱりと拒絶した。
「遠慮しとく」
しかし、女の子も引き下がらない。
「まあ、そう言わないで。はっきり言って、お姉さん、病気よ」
「病気?」
「うん。人の死を願うなんて、立派な心の病じゃない」
(人の死を願うなんて、立派な心の病……。なぜこの子は、さっき私が、あの男が死ねばいいのにって思ったことを見抜いてるの? 私が男に注意しなかったから?)
「幸い、今日はお姉さんにぴったりのものがあるから、それをプレゼントするわ」
江利子は女の子の瞳を見た。そこには、自分はこの女性客と話さなければならない、という壮烈な意志が宿っていた。
「さあ、カウンターに行きましょう」
「あ、ええ」
威圧感はないが、激しい吸引力を持った女の子だ。江利子は、従わなければいけないような気分に襲われ、気付いたらカウンターに向かっていた。
「お姉さん。奥からプレゼント持ってくるから、ちょっと待ってて」
「う、うん」
別に、贔屓の喫茶店のアルバイトにプレゼントをもらう理由はないが、先ほどの彼女の瞳を見てしまっては、やはり興味が惹かれる。一体、彼女はなにをくれるのか。
そのままカウンターで待つ事一分。満面の笑顔で現れた美少女を見て、江利子は口をあんぐりとさせた。
その日、江利子は時々立ち寄る、「ペニーレイン」という喫茶店で、独り、コーヒーを飲んでいた。さびれた商店街にあるために混雑していることもなく、落ち着いて上質なコーヒーを味わえるのが魅力だった。
ところがその日は、江利子の安穏な時間に横やりを入れる光景が眼前で繰り広げられていた。前のテーブル席でこちらを向いて座っている男性客が、灰皿と間違えてコーヒーカップの
(まったく。おかげで、私のコーヒーまでまずくなった気がするわ。私の気分を損ねた罰よ。早く、そのコーヒー飲みなさいよ)
江利子は、男に言葉をかけることもせずに、彼の行動を注視した。すると、男がタバコを右手に持ち替え、左手をコーヒーカップに伸ばした。
(よし! 飲め!)
しかし、男はコーヒーは飲まずに、口元に運んだカップをソーサーに戻した。そして、再びコーヒーカップに灰を落とし始めた。
(ちっ! 早く飲みなさいよ。一気に飲み干して悶絶すればいいんだわ。で、存分に苦しんでから死になさい!)
江利子の願いが通じたのかはともかく、男はまたカップを口元に運んだ。今度こそコーヒーを飲みそうな勢いだ。江利子は、期待に胸踊らせ思わず拳を握ったが、そのタイミングで邪魔が入った。
「ちょっと! ちょっと!」
カウンターにいた女の子が男に駆け寄ってきた。
「児玉さん。灰皿とコーヒーカップ、間違えてるよ」
「え?」
男は、怪訝な顔で目線を落とした。そして、今まさしく灰まみれのコーヒーを飲もうとしていたことに気付き、顔から赤みが引いた。
「わがペニーレインのコーヒーを灰皿代わりにするなんて、たいした度胸じゃない、児玉さん。なんなら、その喧嘩、受けて立ちましょうか?」
女の子の威嚇に、男の顔はさらに蒼白になり、謝罪の言葉を並べ、コーヒーのお代りを注文した。女の子も、きつい言葉を発したことはけろりと忘れ、間一髪間に合ったという安堵の表情を見せた。そして、カウンターに戻ろうとしたときだった。
「ねえ、お姉さん。いつもテーブル席で独りだけど、今日はあっちで一緒に話さない?」
女の子は、江利子に声を掛けるとカウンターを指さした。だが、江利子はきっぱりと拒絶した。
「遠慮しとく」
しかし、女の子も引き下がらない。
「まあ、そう言わないで。はっきり言って、お姉さん、病気よ」
「病気?」
「うん。人の死を願うなんて、立派な心の病じゃない」
(人の死を願うなんて、立派な心の病……。なぜこの子は、さっき私が、あの男が死ねばいいのにって思ったことを見抜いてるの? 私が男に注意しなかったから?)
「幸い、今日はお姉さんにぴったりのものがあるから、それをプレゼントするわ」
江利子は女の子の瞳を見た。そこには、自分はこの女性客と話さなければならない、という壮烈な意志が宿っていた。
「さあ、カウンターに行きましょう」
「あ、ええ」
威圧感はないが、激しい吸引力を持った女の子だ。江利子は、従わなければいけないような気分に襲われ、気付いたらカウンターに向かっていた。
「お姉さん。奥からプレゼント持ってくるから、ちょっと待ってて」
「う、うん」
別に、贔屓の喫茶店のアルバイトにプレゼントをもらう理由はないが、先ほどの彼女の瞳を見てしまっては、やはり興味が惹かれる。一体、彼女はなにをくれるのか。
そのままカウンターで待つ事一分。満面の笑顔で現れた美少女を見て、江利子は口をあんぐりとさせた。