4章-7
文字数 1,783文字
その夜、直人は百パーセント合格ダルマを目の前にしていた。いよいよ、右目を塗るときがきたのだ。顔に接着した爆破装置付きのダルマの鼻ともこれでおさらばだ。
直人は、喜び勇んで専用マジックでダルマの右目を入れようとした。ところが、右目はまったく黒くならない。塗れないのだ。
「ど、どういうこと? 都清大学に合格すれば、右目が入れられるんだよね?」
「あ、ごめんごめん。ボクの説明不足だったね。……。うん? どうやら始まったぞ……。ちょっと待ってね、直人くん」
「ちょっと待ってって……。説明不足って一体どういう……」
しかし、意味不明の独り言を発したダルマは、直人の質問などおかまいなしに体をぶるぶると振るわせ始めた。そのときのダルマの顔は、陣痛に身悶える妊婦のそれに見えた。
「おい! どうした? 苦しいのか?」
その瞬間だった。ダルマは自ら仰向けになると、底面から赤ん坊を産んだ。赤ん坊は、へその緒のように、腹部からマジックを生やしている。
直人が呆気に取られている間に、赤ん坊ダルマはすぐに親ダルマと同じ大きさになった。マジックもへそからぽとりと落ちた。
「直人くん。紹介するよ。ボクの子ども」
「あ、ああ。信じたくないけど、今この目ではっきりと見た。見ちゃったものは否定できないよ。こうなったらもう『なんでもこい!』だ」
「じゃあ、忘れていた説明を補足するよ。実は、もう一つ、直人くんがしなきゃならないことが残ってるんだ。それは、ボクのこの子どもと、子どもに生えていた専用マジックを誰かに渡すこと。そして、この子どもを受け取った人が、専用マジックで子ダルマの左目を黒く塗ったとき、直人くんは親ダルマであるボクの右目が塗れるんだ」
「なんか、面倒な仕組みだね。で、右目を塗ったら、僕の顔に張り付いたきみの鼻も取れるわけだね」
「そのとおり。と同時に、それはボクが息を引き取るときでもあるけどね」
「え!? 右目を入れたら、きみは死んじゃうのかい?」
「そうだよ。それが、ボク達ダルマの運命なのさ。でも、ボクが産んだ子どもがいるじゃない。もちろん、この子も、右目を塗られたら死を迎えるけど、そのときには、この子の子ども、ボクの孫がまた別の誰かにすでに渡っている。ボク達ダルマは、そうやって先祖の代から子孫を絶やさないようにしているのさ」
三百年も昔に生まれたといわれるダルマが、二十一世紀の現在も生き延びている理由。直人は、単純なようで無駄のない高度な仕組みに思わず感嘆の声を上げた。
しかし、そのとき、直人はもっともな疑問にも直面していた。
「でも、僕はきみをヨーコさんから受け取ったけど、これは根拠のない勘というか、彼女から受ける印象と言ったほうがいいかな。僕には、ヨーコさんはダルマに願い事をするような人には見えない。つまり、きみがヨーコさんのダルマの子どもとは思えないんだ」
「さすが、都清大学合格生。鋭いね。ボクは、ヨーコさんに造られた、まあ、サイボーグかな。彼女には本当に助けられてるよ」
「ヨーコさんがきみを造った? 彼女、そんなことができるのか……。でも、なぜ?」
「よく考えてごらん。『百パーセント合格ダルマ』とはいっても、時々、祈願が成就できない人もいる。そんな人は、だいたい二パーセントくらいかな。すると、その人の顔に張り付いた鼻が爆発するとともに、実はそのダルマ本体も即死してしまうんだ。蜂の一刺し、みたいな感じでね。そうなるとどうなる?」
「うーん。そのダルマは子孫が残せずに、ダルマの数は徐々に減っていくね」
「ご明察! ボク達の数は減り、やがては種が絶滅してしまう。実際、一時期、ボク達は絶滅危惧種にまで落ち込んだこともあったんだよ。でも、そのときボク達ダルマにある変化が起きた。稀に、双子とか三つ子の赤ん坊が生まれるようになったんだ。でも、それでもダルマの数はまだ減少傾向にあった」
「そこで立ち上がったのがヨーコさんなのか?」
「そのとおり。ヨーコさんが人造とはいえ完璧なダルマを次々にこの世に送り出してくれた。そのおかげで、今やボク達は理想的な数となり、種が繁栄できているのさ」
(おいおい、ヨーコさん……。きみは一体何者なんだ……)
なぜか、直人は吹き出した。
直人は、喜び勇んで専用マジックでダルマの右目を入れようとした。ところが、右目はまったく黒くならない。塗れないのだ。
「ど、どういうこと? 都清大学に合格すれば、右目が入れられるんだよね?」
「あ、ごめんごめん。ボクの説明不足だったね。……。うん? どうやら始まったぞ……。ちょっと待ってね、直人くん」
「ちょっと待ってって……。説明不足って一体どういう……」
しかし、意味不明の独り言を発したダルマは、直人の質問などおかまいなしに体をぶるぶると振るわせ始めた。そのときのダルマの顔は、陣痛に身悶える妊婦のそれに見えた。
「おい! どうした? 苦しいのか?」
その瞬間だった。ダルマは自ら仰向けになると、底面から赤ん坊を産んだ。赤ん坊は、へその緒のように、腹部からマジックを生やしている。
直人が呆気に取られている間に、赤ん坊ダルマはすぐに親ダルマと同じ大きさになった。マジックもへそからぽとりと落ちた。
「直人くん。紹介するよ。ボクの子ども」
「あ、ああ。信じたくないけど、今この目ではっきりと見た。見ちゃったものは否定できないよ。こうなったらもう『なんでもこい!』だ」
「じゃあ、忘れていた説明を補足するよ。実は、もう一つ、直人くんがしなきゃならないことが残ってるんだ。それは、ボクのこの子どもと、子どもに生えていた専用マジックを誰かに渡すこと。そして、この子どもを受け取った人が、専用マジックで子ダルマの左目を黒く塗ったとき、直人くんは親ダルマであるボクの右目が塗れるんだ」
「なんか、面倒な仕組みだね。で、右目を塗ったら、僕の顔に張り付いたきみの鼻も取れるわけだね」
「そのとおり。と同時に、それはボクが息を引き取るときでもあるけどね」
「え!? 右目を入れたら、きみは死んじゃうのかい?」
「そうだよ。それが、ボク達ダルマの運命なのさ。でも、ボクが産んだ子どもがいるじゃない。もちろん、この子も、右目を塗られたら死を迎えるけど、そのときには、この子の子ども、ボクの孫がまた別の誰かにすでに渡っている。ボク達ダルマは、そうやって先祖の代から子孫を絶やさないようにしているのさ」
三百年も昔に生まれたといわれるダルマが、二十一世紀の現在も生き延びている理由。直人は、単純なようで無駄のない高度な仕組みに思わず感嘆の声を上げた。
しかし、そのとき、直人はもっともな疑問にも直面していた。
「でも、僕はきみをヨーコさんから受け取ったけど、これは根拠のない勘というか、彼女から受ける印象と言ったほうがいいかな。僕には、ヨーコさんはダルマに願い事をするような人には見えない。つまり、きみがヨーコさんのダルマの子どもとは思えないんだ」
「さすが、都清大学合格生。鋭いね。ボクは、ヨーコさんに造られた、まあ、サイボーグかな。彼女には本当に助けられてるよ」
「ヨーコさんがきみを造った? 彼女、そんなことができるのか……。でも、なぜ?」
「よく考えてごらん。『百パーセント合格ダルマ』とはいっても、時々、祈願が成就できない人もいる。そんな人は、だいたい二パーセントくらいかな。すると、その人の顔に張り付いた鼻が爆発するとともに、実はそのダルマ本体も即死してしまうんだ。蜂の一刺し、みたいな感じでね。そうなるとどうなる?」
「うーん。そのダルマは子孫が残せずに、ダルマの数は徐々に減っていくね」
「ご明察! ボク達の数は減り、やがては種が絶滅してしまう。実際、一時期、ボク達は絶滅危惧種にまで落ち込んだこともあったんだよ。でも、そのときボク達ダルマにある変化が起きた。稀に、双子とか三つ子の赤ん坊が生まれるようになったんだ。でも、それでもダルマの数はまだ減少傾向にあった」
「そこで立ち上がったのがヨーコさんなのか?」
「そのとおり。ヨーコさんが人造とはいえ完璧なダルマを次々にこの世に送り出してくれた。そのおかげで、今やボク達は理想的な数となり、種が繁栄できているのさ」
(おいおい、ヨーコさん……。きみは一体何者なんだ……)
なぜか、直人は吹き出した。