6章-6

文字数 904文字

「ちょっと! トイレで叫ばないでくれる!」

 雄太がカウンターに戻ると、ヨーコが睨みをきかせて待っていた。

「ごめん、ごめん。それより、この指輪、凄過ぎだよ。さすがヨーコさんだ」

「だから、研究者に頼まれて……」

「しかたなく作ったんでしょう?」

 雄太が意地悪な笑みを向けると、ヨーコは恥じらいの表情で下を向いた。誰よりも気が強くて、いつも自分のペースで会話を進めるヨーコが、これではまるで借りてきた猫である。

(摩訶不思議というか天才というか、宇宙人のようなヨーコちゃんでも、やっぱり女子高生なんだな。フフフ)

 だが、指輪はあくまでもヨーコのものだ。雄太がまだ手に入れたわけではない。

(売ってくれるんだろうか? 仮に売ってくれるにしても、ふっかけられたらどうしよう。いっそのこと、このままこの指輪を持ってこの場を逃げるか?)

 そのとき、ヨーコが雄太を睨み据えながら訊いてきた。
「ねえ。まさか、その指輪をはめた手で、に、握ってないでしょうね?」
「握る、ってなにを?」

 だが、言った瞬間、雄太はヨーコの意図を読み取った。本来なら、「質問に質問で返さないでよ!」と舌鋒鋭く言い放つはずのヨーコが、乙女の顔になってうつむきながらもごもごとしていたからだ。

 雄太は束の間思い出し顔になったが、太さを確かめようと左手で握ってしまったことを思い出し、すぐにその表情に焦燥の色が現れた。雄太は、なんと答えていいものか考えを巡らせた。そして、ばれることはないだろうと嘘の回答をしようとしたときだった。

「握ったのね! 信じらんない! 不潔!」
「ご、ごめん……」

「……。いいわ。握っちゃたもん、今さらどうしようもないし。その指輪、あげるよ。どうせ、試作品だし」

 災いが転じて福となった。

「ありがとう。ヨーコちゃん」

「お礼はいいから、とっとと出て行って! このセクハラおやじ!」

 そう吐き捨てるヨーコは、いつものヨーコであった。雄太は彼女にもう一度礼を言うと、身を翻して出口に向かった。

 そして、扉のドアノブに手をかけるときに、思わず口笛を吹いた。

 ヒュー。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み