3章-4

文字数 1,577文字

 翌日、千夏はインターネットで調べた病院に足を運んだが、不運なことに医師会のために臨時休診だった。

「どうしよう……。睡眠薬はもうないし、今日のところはまたあの病院に行こうかしら」

 独りごちながら歩いていると、知らず知らずに商店街に足を踏み入れていた。そして、吸引されるように喫茶店の前に立っていた。

「ペニーレイン? うーん。とりあえず、コーヒーでも飲みながら対処を考えようかしら……」

 ペニーレインには、カウンターとテーブル席があった。カウンターの向こうには、マスターと思ぼしき人物と、ファッション雑誌から飛び出してきたような美少女がいた。

 カウンターにはほかに客はおらず、話し掛けられでもしたら面倒だと思った千夏は、少し離れたテーブル席に座った。別のテーブル席には、いかにも憔悴しきった雰囲気の男が、紫煙をくゆらせながらコーヒーカップを口に運んでいた。

 メニューを見るまでもなくホットに決めていた千夏は、カウンターを背に注文を取りにきた美少女にそう告げた。だが、彼女はすぐにその場を去ろうとはしなかった。

「あの……、ホットで」

「はい。ご注文は承りましたが、よろしかったら、あちらに移りませんか?」

 少女は、親指で背後のカウンターを指した。

「いえ、ごめんなさい。ちょっと考え事があるし、正直、ただの時間潰しなの」

 すると、少女が笑みを作った。

「やっぱり考え事があるんですね。それも、建設的なものじゃなくて、ずばり不安。なにかに悩んでいますね? それ、私が助けになれるかも」

 当然にして千夏は訝った。考え事の中身も知らずに、よくぞそんな無責任なことが言える。少女は、カリスマモデルにも一流の女優にもなれる容姿をしているが、ひょっとすると、頭が少し弱いのかもしれない。

「お姉さん。今、私のことを頭の弱い残念な子、って思ったでしょう?」

 図星だったが、千夏は全力で否定した。

「まあまあ。お姉さんがそう思うのも無理ないわ。でも、お姉さんの悩み、少しは理解してるつもりよ」

(理解? なにを根拠に?)

 少女の無責任な発言に、千夏は少し胸を悪くした。それが顔に出てしまったのだろう。少女が続けた。

「ずばり、夢ね。悪夢で、夜眠るのが怖い。違う?」

 千夏は思わず背筋が伸びた。どうして少女はそれを知っているのか。

「さ、あちらで聞かせて。私、大抵の悩みなら解決できるから」

 千夏は、少女に誘導されるようにカウンターに移動した。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「マスター、お待たせ」
「お、ありがとう、ヨーコちゃん」

 マスターはアルバイトの少女に軽く礼を投げると、千夏の前にコーヒーを差し出した。

「で、なにかに悩んでいるんですって?」
「そ、それなんだけど、ヨ、ヨーコちゃん」

 千夏がヨーコに視線を向ける。

「はい?」

 ヨーコは屈託のない笑顔を作った。

「あなた。私がさっき、すぐ近くの病院の前にいるところを見たでしょう?」

「ううん。私はずっとここにいたし」

「じゃあ、なぜ私が睡眠のことで悩んでいるってわかったの?」

 すると、マスターが割って入った。

「ヨーコちゃんは、人の心がある程度読めるんですよ。って言ってもにわかには信じられないですよね。いずれにせよ、お客さん、病院に行くほど思い詰めていらっしゃるんですね」

 千夏は無言だったが、無視を決め込むわけにもいかず、不承不承、頭を縦に振った。

「だったら、ヨーコちゃんがきっと力になってくれますよ」

 言って、マスターはヨーコにまなざしを注いだ。千夏も、彼の視線の先を見た。そこには、自信に溢れた微笑とともに、毛布のように自分を(くる)んでくれそうな瞳のヨーコが、少し照れくさそうに肩をすぼめていた。
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