6章-9

文字数 1,288文字

 雄太は、無意識に入れた「完全犯罪で」の五文字に、自分がどれほど美帆を愛しているのか、その情の深さを感じた。

 そして、再び火をともしてタバコをくわえたとき、玄関のチャイムが鳴った。

「おっと。美帆か」

 扉を開けると、そこには予想どおり蒼白の顔で美帆が立っていた。田川を殺した後にここを訪ねた彼女も、ちょうどこんな顔をしていた。まるでデジャブだ。

 招き入れられた美帆は、震えの止まらない体を両腕でさすり続けていた。雄太の淹れたコーヒーに一瞥もくれないその仕草まで、田川の殺害後の再現である。

 雄太は、愛おしさのあまり思わず美帆をきつく抱き締めた。

「美帆。心配はいらない。お前のことは俺が守る。確かに、これまでの俺は身勝手だった。お前のことをまるで所有物扱いだった。でも、俺は生まれ変わったんだ」

 すると、雄太のそのぬくもりに満ちた一言に、美帆は嗚咽しながら弱々しく声を発した。

「じゃあ、あの一言も撤回してくれる?」

「あの一言?」

「うん。『派遣の受付嬢なんて、所詮はプレゼントの包装紙みたいなものだ。それで会社の見せかけは綺麗になっても、いずれは破られ捨てられる不要物だ。大切なのは中身。要するに、その会社で働いている正社員だ』ってあのセリフ」

 むごい一言だ。だが、確かに言ったと、雄太は当時の自分の高慢なる無配慮を恥じた。また、美帆が三田との浮気に走った原因も理解した。雄太は、そのセリフを撤回し、心の奥底から美帆に謝罪した。

「いいの、いいの」

 美帆は、気にしていないという口調で許してくれたが、すぐに困惑した表情を見せた。

「それより雄太。私も……、あなたに謝らなきゃ……」
「謝る? なぜ、美帆が?」

「あの指輪……」
「指輪?」

 雄太は慌てて薬指を見た。

(ない! どうして……。そうだ。さっき美帆の部屋で服を着るときに壁に投げつけたんだ……)

「私、川に投げ捨てちゃった」

 一瞬にして雄太の血の気が引く。

「本当にごめんなさい。大切なものなんでしょう?」

 あの指輪がなければ、二度とあんな快感を美帆に味あわせてあげることができない。

「大切さ! 決まってるだろう! なんてことしてくれたんだ!」

「やっぱり、大切なのね……」

 しかし、冷静に考えれば、三田が死んだ今となっては、ことさら必要なものではなくなった。肝心なのは心だ。肉体ではなく、心から湧きいずる快楽だ。これからは、雑念に邪魔されずに美帆と一つになれるのだ。

「別にいいんだ、あんなもの。ごめんよ、取り乱して。それより美帆、お前には罪はないんだ。だから気にする必要はないよ」

「罪?」

「ああ。あれだけのことをして、今は少し興奮もしてるし不安もあるだろう。でも大丈夫。すぐにリラックスできるよ」

「そうなのよね。不思議なんだけど、私も自分には罪はないと思ってるの」

 美帆は、雄太の瞳を直視すると、その目に慈愛の色を浮かべた。

「お前はなにも悪くない。なあ、美帆。一緒に幸せになろう。俺と結婚してく……」

 グサッ。
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