6章-5

文字数 1,461文字

 ヨーコは、雄太の顔を見ると、右の頬骨をピクリと動かした。そのしかめ面が、「またきたよ、このおやじ」と言っているようなものである。ただでさえ近寄りがたい雰囲気を醸しているヨーコにそんな顔をされて、これまでの雄太であったら、喧嘩に負けた犬のようにその場を立ち去っていたであろう。

 だが、その日の雄太は違っていた。

「万能のヨーコさんにお願いがあります」
 自然に丁寧語になった。

「私、万能じゃないけど」
 ヨーコがカウンターを拭きながら、下を向いたまま答える。

「しかも、思春期のあなたにこんな申し出は失礼であることも承知しています」

「失礼ってわかっているなら、お帰りください」

 だが、雄太は、恥を忍んで自分の悩みと希望を打ち明けた。ヨーコは、黙って聞いていたが、途中から、頬を赤らめながらも少しずつ顎を上に上げ、やがては雄太の瞳の位置で目線を止めた。

「児玉さん。本当に思春期の女の子に話すようなことじゃないわね。私が温厚じゃなかったら、その顔にパンチが飛んでるところよ」

「ごめんなさい。でも、僕の一生がかかっているんです。で、そんなマシンはありませんか? お金なら、出せるだけ出します」

 ヨーコは、腕組みをしてしばらくうつむいていたが、やがてポケットからなにかを取り出した。目を()らすと、それは指輪であった。彼女の雪のような頬に、さらに強い紅がさした。

「あ、あの。これはちょっと、ある研究者から頼まれて、し、しかたなく作ったものなんだけど……」

「これ? この指輪? 研究者?」

「そうよ。研究者に頼まれたの。私が自分の意思で作るわけがないでしょう。本当に、本当にしかたなく作ったのよ……」

「ごめんなさい。話の意味がわからないんですけど……。誰かに頼まれてこの指輪を作ったことまでは理解しましたが、この指輪、なんでしょう?」

 ヨーコは、右手で雄太の頭を引き寄せて、耳元で囁いた。

「本当かい!? ちょ、ちょっと試してみてもいいかい?」

「こら! 声がでかい! 試すのはいいけど、トイレで試してよね」

「わかった。とにかくその指輪貸して。あ、どの指にはめるの?」

「左の薬指よ」

「了解! ありがとう!」

 その一言を残して雄太はトイレに駆け込んだ。すぐにヨーコから受け取った指輪を指にはめてみる。するとどうだ。バイアグラを十錠飲んでもこうはならないであろうくらいに、一瞬にして分身が怒張した。パンツやズボンを突き破りそうな勢いで。雄太は、ヒリヒリとした痛みに、慌ててズボンとパンツを下ろして“それ”に目をやった。

「なんてこった……。痛いわけだ……」

 雄太は、呟きながらも驚愕していた。こんな怒張があっていいものか。とにかくサイズが凄い。自分の本来の長さのゆうに1.5倍はある。さらには、その血流や脈動にいたっては、分身が持つ最大限の能力の数倍はありそうだ。

「この指輪をあの最中に指にはめれば、これが美帆の中に……」

 言いながら、雄太は指輪をはめた左手で分身を握ってみたが、指が回らない。

「長さだけでなく、太さも凄いな」

 次の瞬間、雄太は歓喜の雄たけびを上げた。いや、勝利の雄たけびといったほうが適切か。不安など完全に消し飛んだ。これで美帆は自分のものだ。あられもない姿で絶え間なく吐息をつく美帆の顔が目に浮かぶ。もう三田には抱かせない。否、美帆がもう三田には抱かれたいと思うはずがない。

 雄太は思わず指を鳴らした。

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